幸せで飯を食う女×不幸で飯を食う男の1LDK
「貴女が部屋から居なくなって、初めて気が付いた。たまに帰る家に、ただいまと言って帰れない寂しさ。誰も生活していた痕跡がない虚しさ。貴女の歯ブラシだけ変化がないという辛さ。経済観念がボロクソの人だろうと……。なんだかんだで、人の温もりがある家に帰るのは素晴らしいことだと気付いちまったんだ!」
「そんなの、別に私じゃなくても――」
「――俺みたいな一々金にうるさくて、偏屈な細かい男、雪華さんの他に誰が受け入れてくれるって言うんだ!? 雪華さんは、俺の知らなかった考え方、世界を教えてくれる。尊敬出来る部分のある人だ。俺たちは共に暮らすことで高め合える、共存共栄の関係だと確信している! それに……何よりも、俺自身が! 雪華さんじゃなければ、もうイヤだと思ってしまっているんだよ!」
「……ちゃんと自覚、あったんだ。自分が細かくて口煩い小姑クソ男だって」
「俺は、そこまで自分をボロクソに言っていない! しっかりした経済観念が、どうやら世間一般では非常識なレベルだと認識してるだけだ」
「あんだけ、感情論なんかに流されて結婚するなんてクソだとか豪語してたのにね……」
「俺だって、自分が情けないとは思ってる。だが結局人を動かすのが感情、しっかりした経済力は、実現へ動く為に必要な要素だと気が付いたんだよ」
「……今更ね。気付くのが遅い。本当に、頭は良くてもアホだわ」
「自分でも……自覚はある」
そうだ。
確かに俺はアホだ。
親父に叱責されるまで、自分の感情を覆い隠し、大切な人が離れてゆくのを見過ごそうとしていたぐらいにな。
アホなのは、理解している。
だからこそ、こうしてアホなりに考えを伝え、答えを聞きに来たんだ!
「経済的なメリットを突き付けて、なんて……。ロマンチックの欠片もない、酷いプロポーズ」
「な、何だと!? こ、これは……。プ、プロポーズのように、婚約してくれと言う場面ではない! あくまで、こういう利害があると説明しているだけだ。もしプロポーズなら、俺だってもっとしっかりやる!」
「どうだか。貴方って夜景が見えるオシャレで豪勢なレストランとか、鼻で笑いそう。婚約指輪に何十、何百万円かけている人を小馬鹿にしそうだし?」
「ぐ……」
否定はしかねる。
そんな演出をして相手の気分を高揚させなければ成功しないようなプロポーズ、平時に戻ったら撤回されてもおかしくない。
むしろ、何ごともない場で永遠を誓い合える方が、より強固な関係じゃないのかと考えている。
婚約指輪だってそうだ。
かつては給料3ヶ月分の値段がする指輪をプロポーズ時に女性へ贈ったそうだが、それは男性側が戦争などで急死しても当座の資金にしてくれと言う名残りでしかない。
現代では死亡保険もある上に、女性だって立派に働いて稼いでいる。
むしろ金に困るだろうからと高額な婚約指輪を渡すのは、女性を舐めている時代錯誤で下らない文化だと蔑んでさえいる。
指輪などという、紛失しやすく小さな貴金属だぞ?
どうしても結婚に必要だと言うのなら、その明確な理由。
そして科学的根拠を教えて欲しいぐらいだ。
なんなんだ、あの箱をパカッと開ける謎のお約束は?
今後の共有財産を削り、格好を付けることになんのメリットがあると言うんだ?
「ほら、やっぱり。……全く、本当に常識が通用しない人。貴方みたいな人は、この世に2人と居ないでしょうね」
横髪を掻き上げながら、雪華さんは上目遣いに柔らかく微笑む。
覗くうなじから漂う色香。
女性としての魅力を強く感じた瞬間、脳裏に過る。
酒の勢いだとは思うが、親父が言っていた言葉が。
そう、次に会ったら好きと伝え、キスをしてしまえという言葉だ。
ロマンチックというのはイマイチ理解が出来ない曖昧な概念だが……。
一般的には、この先を考え同棲を約束した瞬間に、好きと伝えてキスをする。
それが、ロマンチックというものではないのか?
だったら今、実行すべきなのか!?
――臆するな、俺!
「す、すすす……。すっ!」
言葉が、出て来ない! 唇が振るえて、脳が真っ白だ!
「す?」
「すすすす、す!」
「…………」
「――す、隙だらけだな! あ、貴女が隙だらけだから、興信所にバレたんだ!」
「……はぁ!? こんな時にまで何!? いい加減にしなさいよ! もう、折角のムードがぶち壊し!」
やってしまった!
逃げるように言った一言に怒ったのだろうか。
雪華さんは表情を剣呑に変え、ツカツカと歩み寄ってくる。
「い、いや! あの、違……」
「もう……。ヘタレね」
しかし――俺の目前に彼女の顔がズイッと現れた時には、また微笑んでいた。
次に感じたのは――唇への、柔らか感触。
「そんなの、別に私じゃなくても――」
「――俺みたいな一々金にうるさくて、偏屈な細かい男、雪華さんの他に誰が受け入れてくれるって言うんだ!? 雪華さんは、俺の知らなかった考え方、世界を教えてくれる。尊敬出来る部分のある人だ。俺たちは共に暮らすことで高め合える、共存共栄の関係だと確信している! それに……何よりも、俺自身が! 雪華さんじゃなければ、もうイヤだと思ってしまっているんだよ!」
「……ちゃんと自覚、あったんだ。自分が細かくて口煩い小姑クソ男だって」
「俺は、そこまで自分をボロクソに言っていない! しっかりした経済観念が、どうやら世間一般では非常識なレベルだと認識してるだけだ」
「あんだけ、感情論なんかに流されて結婚するなんてクソだとか豪語してたのにね……」
「俺だって、自分が情けないとは思ってる。だが結局人を動かすのが感情、しっかりした経済力は、実現へ動く為に必要な要素だと気が付いたんだよ」
「……今更ね。気付くのが遅い。本当に、頭は良くてもアホだわ」
「自分でも……自覚はある」
そうだ。
確かに俺はアホだ。
親父に叱責されるまで、自分の感情を覆い隠し、大切な人が離れてゆくのを見過ごそうとしていたぐらいにな。
アホなのは、理解している。
だからこそ、こうしてアホなりに考えを伝え、答えを聞きに来たんだ!
「経済的なメリットを突き付けて、なんて……。ロマンチックの欠片もない、酷いプロポーズ」
「な、何だと!? こ、これは……。プ、プロポーズのように、婚約してくれと言う場面ではない! あくまで、こういう利害があると説明しているだけだ。もしプロポーズなら、俺だってもっとしっかりやる!」
「どうだか。貴方って夜景が見えるオシャレで豪勢なレストランとか、鼻で笑いそう。婚約指輪に何十、何百万円かけている人を小馬鹿にしそうだし?」
「ぐ……」
否定はしかねる。
そんな演出をして相手の気分を高揚させなければ成功しないようなプロポーズ、平時に戻ったら撤回されてもおかしくない。
むしろ、何ごともない場で永遠を誓い合える方が、より強固な関係じゃないのかと考えている。
婚約指輪だってそうだ。
かつては給料3ヶ月分の値段がする指輪をプロポーズ時に女性へ贈ったそうだが、それは男性側が戦争などで急死しても当座の資金にしてくれと言う名残りでしかない。
現代では死亡保険もある上に、女性だって立派に働いて稼いでいる。
むしろ金に困るだろうからと高額な婚約指輪を渡すのは、女性を舐めている時代錯誤で下らない文化だと蔑んでさえいる。
指輪などという、紛失しやすく小さな貴金属だぞ?
どうしても結婚に必要だと言うのなら、その明確な理由。
そして科学的根拠を教えて欲しいぐらいだ。
なんなんだ、あの箱をパカッと開ける謎のお約束は?
今後の共有財産を削り、格好を付けることになんのメリットがあると言うんだ?
「ほら、やっぱり。……全く、本当に常識が通用しない人。貴方みたいな人は、この世に2人と居ないでしょうね」
横髪を掻き上げながら、雪華さんは上目遣いに柔らかく微笑む。
覗くうなじから漂う色香。
女性としての魅力を強く感じた瞬間、脳裏に過る。
酒の勢いだとは思うが、親父が言っていた言葉が。
そう、次に会ったら好きと伝え、キスをしてしまえという言葉だ。
ロマンチックというのはイマイチ理解が出来ない曖昧な概念だが……。
一般的には、この先を考え同棲を約束した瞬間に、好きと伝えてキスをする。
それが、ロマンチックというものではないのか?
だったら今、実行すべきなのか!?
――臆するな、俺!
「す、すすす……。すっ!」
言葉が、出て来ない! 唇が振るえて、脳が真っ白だ!
「す?」
「すすすす、す!」
「…………」
「――す、隙だらけだな! あ、貴女が隙だらけだから、興信所にバレたんだ!」
「……はぁ!? こんな時にまで何!? いい加減にしなさいよ! もう、折角のムードがぶち壊し!」
やってしまった!
逃げるように言った一言に怒ったのだろうか。
雪華さんは表情を剣呑に変え、ツカツカと歩み寄ってくる。
「い、いや! あの、違……」
「もう……。ヘタレね」
しかし――俺の目前に彼女の顔がズイッと現れた時には、また微笑んでいた。
次に感じたのは――唇への、柔らか感触。