幸せで飯を食う女×不幸で飯を食う男の1LDK
ファーストキス。
……その感慨に耽りながらも、俺はどこか冷静に考えていた。
以前、雪華さんが話していた女は皆が女優という言葉。
あれは、本当だったのだな、と。
数秒もそうした後、ゆっくりと彼女の唇が離れてゆく。
どこか照れくさそうに笑う彼女を見て、俺はカッと頬が熱くなり動揺してしまう。
「あ、相手の同意を得ないままキスをするのは、強制わいせつ罪に抵触する恐れがあるぞ!?」
「貴方はどこまで……。はぁ、なんでこんな男を好きになっちゃったんだろ」
「す、好き!? 好きだと!?」
「そうよ、悪い? 貴方も同じ気持ちなんでしょ?」
「そ、それは……。まぁ、そうだ!」
「なら、同意があるも同然。何も問題はないわ」
なんだコイツ。
俺たちのファーストキスだってのに、何も焦っていない。
……まさか、手慣れているのか?
俺ばかりが焦らされるなど、不公平だ。
……まぁ良い。
俺が最後の男なら、それで良い。
今大切なのは、これからのことだ。
「それで、この後はウチに帰って来られるのか? 道具も、だいぶ親父さんに鞄に詰め込まれてしまったようだが……」
「いいえ。折角だけど、あのマンションには行かない。今日はもう、帰るわ」
「そう、か……」
「一刻も早く、ちゃんと両親を説得したいから」
「え?」
「ちゃんと許可を貰って、心置きなく貴方と同棲したいの。だから……これから実家へ帰るわ」
吹っ切れたように快活な笑みで、彼女はそう告げる。
思わず俺まで、口角を吊り上げて何度も同意をしていた。
しかし彼女の実家は東京都内ではあるが、品川からの交通の便はあまり良くない。
この時間からの移動だと、夜道の危険もあるかもしれん。
どうにか出来ないかと思った時、財布の中に良い物があると思い出した。
「それなら、このタクシーチケットを使ってくれ」
財布から取り出し、彼女へ上限2万円のタクシーチケットを手渡す。
多分、これで足りるはずだ。
「……え? これ、タクシーチケット? どんな距離でも自転車か歩きで行きそうな程にケチな貴方が、なんでこんな物を?」
「先日、講演をした時に無理やり渡された物だ。これも経費という名をした、袖の下の一種かもしれんが……。贅沢が身についたら困ると電車で帰ったから、余っていた。換金も出来ないし、先方は自由に使ってくれていい、と言うからな。同僚に格安で売ろうかと思っていたんだが……。雪華さんの安全の方が、大切だ」
「……ケチの昭平さんが、そんなことを言うなんて」
「こんな端金より、雪華さんが安全に家に辿り着くって安心の方が大切なんだ」
「……今のが一番、昭平さんが私を本当に想ってくれてるんだって伝わる、衝撃的な言葉だったわ」
「どういう意味だ、それは?」
本当に無礼な人だ。
金より大切だというのを、実行に移して見せたからか?
俺の言葉は、信用していなかったと?
「妥当でしょ。それより、また連絡先教えてよ。お父さんにブロックした上で連絡先を消されちゃったし。電話番号も、今度は偽名で登録しておくから。ケチっぽい名前で」
若干の憤りを覚える扱いだ。
これがファーストキスを失った夜なのか?
雪華さんこそ、ロマンチックの欠片もない。
しかしホテル前のタクシープールから、決意を込めた表情で去って行く彼女の格好良い横顔を見られて、その鬱憤も消え去る。
彼女がタクシーに乗っている間、益体もない雑談のようなメッセージを繰り返した。
熱を持たない機械文字なのに、その繋がりが心地良い。
そして実家へ到着した後から再び、彼女へ連絡はつかなくなった――。
……その感慨に耽りながらも、俺はどこか冷静に考えていた。
以前、雪華さんが話していた女は皆が女優という言葉。
あれは、本当だったのだな、と。
数秒もそうした後、ゆっくりと彼女の唇が離れてゆく。
どこか照れくさそうに笑う彼女を見て、俺はカッと頬が熱くなり動揺してしまう。
「あ、相手の同意を得ないままキスをするのは、強制わいせつ罪に抵触する恐れがあるぞ!?」
「貴方はどこまで……。はぁ、なんでこんな男を好きになっちゃったんだろ」
「す、好き!? 好きだと!?」
「そうよ、悪い? 貴方も同じ気持ちなんでしょ?」
「そ、それは……。まぁ、そうだ!」
「なら、同意があるも同然。何も問題はないわ」
なんだコイツ。
俺たちのファーストキスだってのに、何も焦っていない。
……まさか、手慣れているのか?
俺ばかりが焦らされるなど、不公平だ。
……まぁ良い。
俺が最後の男なら、それで良い。
今大切なのは、これからのことだ。
「それで、この後はウチに帰って来られるのか? 道具も、だいぶ親父さんに鞄に詰め込まれてしまったようだが……」
「いいえ。折角だけど、あのマンションには行かない。今日はもう、帰るわ」
「そう、か……」
「一刻も早く、ちゃんと両親を説得したいから」
「え?」
「ちゃんと許可を貰って、心置きなく貴方と同棲したいの。だから……これから実家へ帰るわ」
吹っ切れたように快活な笑みで、彼女はそう告げる。
思わず俺まで、口角を吊り上げて何度も同意をしていた。
しかし彼女の実家は東京都内ではあるが、品川からの交通の便はあまり良くない。
この時間からの移動だと、夜道の危険もあるかもしれん。
どうにか出来ないかと思った時、財布の中に良い物があると思い出した。
「それなら、このタクシーチケットを使ってくれ」
財布から取り出し、彼女へ上限2万円のタクシーチケットを手渡す。
多分、これで足りるはずだ。
「……え? これ、タクシーチケット? どんな距離でも自転車か歩きで行きそうな程にケチな貴方が、なんでこんな物を?」
「先日、講演をした時に無理やり渡された物だ。これも経費という名をした、袖の下の一種かもしれんが……。贅沢が身についたら困ると電車で帰ったから、余っていた。換金も出来ないし、先方は自由に使ってくれていい、と言うからな。同僚に格安で売ろうかと思っていたんだが……。雪華さんの安全の方が、大切だ」
「……ケチの昭平さんが、そんなことを言うなんて」
「こんな端金より、雪華さんが安全に家に辿り着くって安心の方が大切なんだ」
「……今のが一番、昭平さんが私を本当に想ってくれてるんだって伝わる、衝撃的な言葉だったわ」
「どういう意味だ、それは?」
本当に無礼な人だ。
金より大切だというのを、実行に移して見せたからか?
俺の言葉は、信用していなかったと?
「妥当でしょ。それより、また連絡先教えてよ。お父さんにブロックした上で連絡先を消されちゃったし。電話番号も、今度は偽名で登録しておくから。ケチっぽい名前で」
若干の憤りを覚える扱いだ。
これがファーストキスを失った夜なのか?
雪華さんこそ、ロマンチックの欠片もない。
しかしホテル前のタクシープールから、決意を込めた表情で去って行く彼女の格好良い横顔を見られて、その鬱憤も消え去る。
彼女がタクシーに乗っている間、益体もない雑談のようなメッセージを繰り返した。
熱を持たない機械文字なのに、その繋がりが心地良い。
そして実家へ到着した後から再び、彼女へ連絡はつかなくなった――。