幸せで飯を食う女×不幸で飯を食う男の1LDK
最終章 1LDK
翌日以降、俺は毎日のように東央ニューホテルのウェディング会場へ通った。
スマホで連絡のつかなくなった彼女に、話し合いで何があったのかを確認する為だ。
だが、何日通っても彼女の姿はない。
さすがにこれは異常事態だ。
職場にすら居ないだなんて……。
退職をするにしても、1ヶ月前には上司へ意思表示する就業規則がある会社が殆どだ。
引き継ぎだってあるだろう。
ぱったりと姿を消すなんて、あり得ない。
特に彼女のような仕事へ矜持を持つ人ならば、余計に考えられない。
やはり、なんらかの事件に巻き込まれたと見るべきか。
警察に相談も違うし、どうする?
どっかの過保護親父のように、興信所へ行方不明として捜査を依頼するか?
いや、費用が――。
「――あの、川口雪華の彼氏さん、ですよね?」
「うぉお!? あ、貴女は……。確か、雪華さんの上司でしたか?」
「そうです。……あの、ここ最近は毎日、ここへいらしてますよね?」
「ああ、いや……。その」
「……川口と、何かあったのでしょうか?」
「何かあったのか、とは?」
「先日、川口のお父様が突然いらしたのです……。近くに娘のストーカーが居るから、安全が確保出来るまで休職をさせたい、と。丁寧に頭を下げられまして……。会社側も協議の結果、安全が確認されるまでの休職を認めたんです。……まさかとは思いますが、そのストーカーとは」
貴方のことですか、と言いたそうにしているが、さすがに口にするのは躊躇っているようだ。
しかし、あの親父さんが頭を下げている場面か……。
是非とも、この目で見たかったな。
だが事情は理解した。
「そのストーカー疑いの相手には、心当たりがありますよ。しつこく、病的に細かく偏屈という噂でしてね。更には諦めも悪い。……早急に疑惑を晴らして、彼女を復職させてみせます」
「ありがとうございます。川口は仕事も大好きでしたから。……陰ながら、応援しておりますね」
雪華さんの上司に背を見送られ、俺はホテルを後にする。
これで明日からの方針は決まった。
人をストーカー扱いとは……。
良い度胸だな、親父さん。
それなら、トコトンやってやろうじゃねぇか――。
翌朝。
俺は非番だったこともあり――朝から彼女の実家へとやって来ていた。
だが俺はアポイントメントもなく早朝から乗り込むような、どこかの自分勝手な感情のみで動く過保護脳筋爺とは違う。
郵便配達などでも訪問される、常識的な時間の範囲に訪れた。
時刻は午前9時丁度だ。
パシッと着込んだスーツのネクタイを、キュッと締め直す。
「よし、敷地に入らせてもらうか」
スマホのデジタル時計が午前9時になった瞬間、彼女の実家である農園の敷地へと入る。
始発に乗って到着し、数時間も経っていたからな。
足が土に取られそうだ。
数分も歩いていないだろうが……人影を見つけた。
「……お袋さん?」
近づいて目を凝らして見てみると果樹園で作業をしていたのは、間違いなくお袋さんだった。
以前に品川で会った時のように、上品な衣服ではない。
汚れても良い作業着に日除け帽子を被っているから、パッと見では分からなかった。
あちらも、俺の存在に気が付いたらしい。
作業を中断して、小走りに寄って来た。
「貴方は先日、品川でお会いした……。その、雪華と一緒に私たちを騙していた方ですよね? 本日は、なんの御用でいらしたのでしょう?」
「――すみませんでした! 俺たちは、ご両親に対して社会通念上の常識や倫理に反する行いをしてしまいました! その不誠実さを、まずは詫びさせてください!」
バッと、俺は土下座する。
額を土にめり込ませるように、深く深く頭を下げた。
「ええ!? ちょ、こんな所で土下座なんて……。折角の綺麗なスーツに、ど、泥が付いてしまいますよ!?」
「良いのです、いくらクリーニング代がかかろうとも! 最悪、買い直しになっても構わない! この不誠実を詫びずに、貴女へと向ける顔がない! ですが、その上で厚かましいお願いがあります。今の俺たちは、本気で愛し合っている! だから、だからどうか――」
「――昭平さんの綺麗なお顔を、私に見せてください」
その優しい言葉に、ゆっくりと顔を上げる。
そこには慈愛に満ちた笑みを浮かべる、上品な老婆の顔があった。
以前も思っていたが、この丁寧で優しい言葉……。
何故この天使のような母親から、川口さんのように口汚い子供が産まれたのだ?
やはり、父親の影響か……。
スマホで連絡のつかなくなった彼女に、話し合いで何があったのかを確認する為だ。
だが、何日通っても彼女の姿はない。
さすがにこれは異常事態だ。
職場にすら居ないだなんて……。
退職をするにしても、1ヶ月前には上司へ意思表示する就業規則がある会社が殆どだ。
引き継ぎだってあるだろう。
ぱったりと姿を消すなんて、あり得ない。
特に彼女のような仕事へ矜持を持つ人ならば、余計に考えられない。
やはり、なんらかの事件に巻き込まれたと見るべきか。
警察に相談も違うし、どうする?
どっかの過保護親父のように、興信所へ行方不明として捜査を依頼するか?
いや、費用が――。
「――あの、川口雪華の彼氏さん、ですよね?」
「うぉお!? あ、貴女は……。確か、雪華さんの上司でしたか?」
「そうです。……あの、ここ最近は毎日、ここへいらしてますよね?」
「ああ、いや……。その」
「……川口と、何かあったのでしょうか?」
「何かあったのか、とは?」
「先日、川口のお父様が突然いらしたのです……。近くに娘のストーカーが居るから、安全が確保出来るまで休職をさせたい、と。丁寧に頭を下げられまして……。会社側も協議の結果、安全が確認されるまでの休職を認めたんです。……まさかとは思いますが、そのストーカーとは」
貴方のことですか、と言いたそうにしているが、さすがに口にするのは躊躇っているようだ。
しかし、あの親父さんが頭を下げている場面か……。
是非とも、この目で見たかったな。
だが事情は理解した。
「そのストーカー疑いの相手には、心当たりがありますよ。しつこく、病的に細かく偏屈という噂でしてね。更には諦めも悪い。……早急に疑惑を晴らして、彼女を復職させてみせます」
「ありがとうございます。川口は仕事も大好きでしたから。……陰ながら、応援しておりますね」
雪華さんの上司に背を見送られ、俺はホテルを後にする。
これで明日からの方針は決まった。
人をストーカー扱いとは……。
良い度胸だな、親父さん。
それなら、トコトンやってやろうじゃねぇか――。
翌朝。
俺は非番だったこともあり――朝から彼女の実家へとやって来ていた。
だが俺はアポイントメントもなく早朝から乗り込むような、どこかの自分勝手な感情のみで動く過保護脳筋爺とは違う。
郵便配達などでも訪問される、常識的な時間の範囲に訪れた。
時刻は午前9時丁度だ。
パシッと着込んだスーツのネクタイを、キュッと締め直す。
「よし、敷地に入らせてもらうか」
スマホのデジタル時計が午前9時になった瞬間、彼女の実家である農園の敷地へと入る。
始発に乗って到着し、数時間も経っていたからな。
足が土に取られそうだ。
数分も歩いていないだろうが……人影を見つけた。
「……お袋さん?」
近づいて目を凝らして見てみると果樹園で作業をしていたのは、間違いなくお袋さんだった。
以前に品川で会った時のように、上品な衣服ではない。
汚れても良い作業着に日除け帽子を被っているから、パッと見では分からなかった。
あちらも、俺の存在に気が付いたらしい。
作業を中断して、小走りに寄って来た。
「貴方は先日、品川でお会いした……。その、雪華と一緒に私たちを騙していた方ですよね? 本日は、なんの御用でいらしたのでしょう?」
「――すみませんでした! 俺たちは、ご両親に対して社会通念上の常識や倫理に反する行いをしてしまいました! その不誠実さを、まずは詫びさせてください!」
バッと、俺は土下座する。
額を土にめり込ませるように、深く深く頭を下げた。
「ええ!? ちょ、こんな所で土下座なんて……。折角の綺麗なスーツに、ど、泥が付いてしまいますよ!?」
「良いのです、いくらクリーニング代がかかろうとも! 最悪、買い直しになっても構わない! この不誠実を詫びずに、貴女へと向ける顔がない! ですが、その上で厚かましいお願いがあります。今の俺たちは、本気で愛し合っている! だから、だからどうか――」
「――昭平さんの綺麗なお顔を、私に見せてください」
その優しい言葉に、ゆっくりと顔を上げる。
そこには慈愛に満ちた笑みを浮かべる、上品な老婆の顔があった。
以前も思っていたが、この丁寧で優しい言葉……。
何故この天使のような母親から、川口さんのように口汚い子供が産まれたのだ?
やはり、父親の影響か……。