追放されたカラッポ聖女は、麗しの魔王様と取り戻す(利子つき)
「力が枯渇して聖女として役に立たなくなったお前とは、ここでお別れだなコリーン」

 そう言って、コリーンの体を突き飛ばしたのは勇者マクシムだった。

「ここから先は魔王の森できっと魔族がウロウロしてる。アンタみたいな足手まといを、私たちは連れてくわけにいかないの」

 抵抗もできずに泥の上に倒れ込んだコリーンを、見下ろしながら嘲笑したのは魔術師イザベラだ。

「魔王城へ辿り着くためには、この森の中を十日以上も歩かなければならない。ここで別れるほうがお前のためにもなるだろう」

 まるで自分たちの言動は善行なのだと、本気で信じているかのように戦士バルザックは言う。

 神聖なる王国を闇に染めようと、数年前から急激に数を増やした魔族たち。
 その魔族を統べる魔王を倒すため、国王に集められた勇者マクシム、聖女コリーン、魔術師イザベラ、戦士バルザック。

 半年以上をかけた魔王討伐の旅は、あと少しで終わるはずだった。

 それなのに今。コリーンは仲間だったはずの三人から見捨てられようとしている。

「ま、待ってください……! こんな人里から遠い森の前で置いてかれていても、周りには木や草しかありません……! 一人ここで魔物に襲われたら死んでしまう……っ。せめて食料をください……!」

 コリーンは必死にマクシムたちに追いすがろうとするが、足にも手にも力が入らない。
 マクシムの言ったとおり、旅の中で仲間たちを癒やし続けたコリーンの身体には、もう魔力も体力もほとんど残っていなかった。

 旅が始まったときにはサラサラと艶のあったコリーンのホワイトブロンドは、今では指通りが悪くパサパサの枝毛だらけ。
 血の気がなく真っ白な顔は幽鬼のようで、緑の瞳の下には濃い隈が浮かんでいる。
 乾燥してひび割れた唇からしぼり出される声は、か弱く小さい。

 まだ十七歳のコリーンは、勇者パーティーの最年少だ。それなのに彼女の姿は誰よりもみすぼらしく、老けて見えた。
 全ては仲間たちを癒やすため、自分の力を与え続けたせいだ。

 なのに、マクシムもイザベラもバルザックも、まるで汚物を見るような視線をコリーンに向けている。
 
「俺たちは魔王の討伐に失敗するわけにはいかないんだ。薬草も食料も、ここで別れるお前に渡す余裕なんてない。崇高な使命を与えられた俺たちを邪魔をするのはやめてくれ」

「マクシムの言うとおり。それに私たちは無能なアンタと違ってちゃんとレベルアップして力を身につけたわ。もう癒やしの力なんてなくても、三人で魔王を倒せる」

「恨むなよコリーン」

 泥の上に倒れたままのコリーンに背を向け、三人はなんの躊躇もなく森の中へ消えていった。
 その後ろ姿は、最初から勇者一行に聖女なんていなかったとでも言っているかのようだ。

「うっ、ぅうっ……」

 どうせ切り捨てるなら、森に来る前に最後に寄った村で捨ててくれればよかったのに。

「きっと、魔王討伐後に貰える褒賞の取りぶんを増やしたかったんだ……」

 魔王を討伐した暁には、勇者一行には多額の褒賞金や地位と爵位が国王から与えられることになっていた。
 コリーンがいなくなれば、そのぶん三人の貰える額が増える。
 だからマクシムたちはコリーンの力を利用するだけ利用して、足手まといになる寸前で捨てたのだろう。

「あぁ、せめて最後にお腹いっぱいご飯を食べたかったな……」

 疲労と力の枯渇に加え、空腹で視界が白く霞みだした。
 このまま瞼を閉じたら、自分はもう二度と目覚めないかもしれない。

 コリーンが死を意識したそのとき。
 視界の端に何か黒いものが落ちていることに気がついた。

「小鳥……?」

 違う。確かに翼は生えているが、羽毛ではなく膜で出来た翼だ。
 どうやら、コリーンが倒れた泥の上には先客のコウモリがいたようだ。

 コウモリの黒く小さな体も泥にまみれ、呼吸が今にも止まりそうだ。

「……もうほとんど力が残ってないカラッポの私だけど、あなたの小さな体を癒やすくらいなら、まだできるわ」

 どうせもう、あとは力尽きるだけの身だ。
 それならばせめて、最期にこの小さい命を救おう。

 コリーンは精一杯の気力を振り絞り、コウモリへ癒やしの力を送った。

 淡く蛍のように優しい光がコリーンの指先から溢れ、コウモリの体に吸い込まれていく。

「これで、もう、大丈夫よ……」

 聖女コリーン。
 彼女は魔王の森の前で、十七年の短い生涯を終えた。


 ――――はずだった。


 意識を失ったコリーンが次に瞼を開けたとき、彼女はフカフカの天蓋付きベッドの上にいた。

「――え、天国?」

 状況を確認しようと体を動かすと、怠さはあるものの、動けるようになっている。
 枯渇したはずの体力や癒やしの力が、少しだが回復しているようだ。

「天国って、お城の部屋みたいな感じなんだ……?」

 白と金を基調にした上品で豪華な調度品、クリスタルのシャンデリア、毛足の長い赤の絨毯。
 コリーンが三人は寝られそうな大きなベッドが置かれた室内は、とてもきらびやかで広い。

「魔王討伐に出る前、お城で国王陛下に謁見するときに待たされた部屋くらい豪華なんじゃない……?」

 自分は確かに魔王の森の前で泥にまみれて死んだはず。

 けれど今、コリーンの手も服も汚れていない。
 それどころか、長旅でボロボロになった聖女のローブではなく、真っ白で肌触りのいいワンピースを着ている。

「痛いところもないし、状況から考えてやっぱりここは死後の世界……」

 状況を理解し少し落ち着くと、今度はふつふつと怒りがわいてきた。

「――――あのド腐れ勇者どもめぇぇぇぇっっ!!!!!!!!!!! 何が足手まといだ! あんなところでか弱い女の子を捨ててくなんて、お前らに人の心はないんか?!?! マクシムとバルザックの✕✕をもいで■■して○×△してやろうかぁぁぁ?!?!?! イザベラも次会うことがあったら思いっきり両頬ビンタしてやる! 絶対にだ! 覚えてなさいよっっ?!?!」

 とても人には聞かせられない汚い言葉でマクシムたちを罵りながら、コリーンは頭を掻きむしった。
 体力が回復したおかげで、腹の底から声が出るようになっている。

 黙っていれば、妖精にも間違えられそうなほど儚げな容姿をしている美少女コリーン。

 実は彼女は勇者たちとの旅の間ずっと猫を被っていたが、本来は下町の孤児院育ちで気が強いお転婆だ。小さい子をいじめる、自分よりも年上のガキ大将にケンカを売ったことだってある。

「どうせあんなふうに捨てられるんだったら、おとなしくなんてしてるんじゃなかったぁぁぁぁ! 品行方正な聖女のフリするの、メッチャしんどかったんだからねぇぇぇぇっっ?!」

 なんならコリーンにとって、癒やしの力の反動で自分の体力と寿命が削られることよりも、おしとやかで清楚な聖女の演技をすることのほうが辛かったまである。

 それでもコリーンが猫を被り続けた理由。
 それは、玉の輿狙いだ。

「私ってさぁ、外見だけなら超絶美少女だから?! そんな私が魔王討伐して救国の聖女になれば、各地のハイスペグッドルッキングガイたちからモテモテになるのは目に見えていたのよ! そうして私が玉の輿になれば、孤児院のみんなにも楽をさせてあげられると思ったのに……っ」

 それなのに生まれ育った孤児院に恩返しをするどころか、欲に目がくらんだマクシムたちに裏切られあっさりと死んでしまった。

「口惜しやぁぁぁ! 口惜しやぁぁぁぁっっ! でもこうして死後も意識があるってことは、守護霊として孤児院のみんなにとり憑くこともワンチャン可能……?!」

 とにかく少しでも今の状況を前向きに利用したい。
 孤児院育ちゆえの逞しさと、切り替えの早いところがコリーンの長所だ。

 どうやったら死後(今から)でも孤児院に恩返しできるだろうか。頭をフル回転させて考えていると、部屋のドアが開く音がした。

「――起きていたのか」

 ひと声聞いただけで全身に鳥肌が立つような、耳に心地のよい美声。

 思わず両耳を押さえながら勢いよく振り返ると、そこには銀髪で紅い瞳をした、白皙の超絶美青年が立っていた。

 年齢は二十歳くらいだろうか。
 スラリとした長身に、黒いロングコートと黒いブーツを身に着けている。少し尖った耳には紅いピアスが光っていた。

「え、黒衣の天使……?」

 入室してきた青年のあまりに完璧な美貌に、コリーンは思わず呟く。

「いや。どっちかって言うと、黒衣の魔王だな」

 コリーンの疑問に、青年は真面目な顔をして答える。

「魔王……?!」
「あぁ、お前たち人間には魔王って呼ばれている存在だ」
「そんな……! ってことは、ここは死後の世界じゃないってこと……っ?」
「お前は死んでない。ここは俺の城、俗に言う魔王城だ」

 まさか仲間に裏切られたと思ったら、いつの間にか敵陣のど真ん中で寝ていたなんて。
 いくら体力が少し回復したからといっても、まだ万全でないコリーンが魔王に勝てる可能性は低い。

 予想外の事態に咄嗟に動くことができない。
 そうしているうちに、悠然と近づいてきた魔王がコリーンへ向かって手を伸ばした。

(やられる……!)

 コリーンが死を覚悟し、瞼を閉じた次の瞬間。
 おでこに、ふわりと温かいものが触れた。

「へ……っ?」

「よかった。熱はないようだな」

「へっ????」

 瞼を開けると、魔王がコリーンのおでこに手をあてて発熱の有無を調べている。
 その作りものめいた美貌には、至近距離で見ても小鼻の毛穴もニキビも見当たらなかった。

「ま、魔王の手も温かいんですね……?」

 混乱するコリーンを、魔王は紅の瞳で呆れたように見下ろす。

「魔族はお前たち人間とほとんど構造は変わらない。ただ魔力が強く、少し外見に特徴がある者が多いだけの一族だ。……森の前で瀕死状態のお前を見つけたときは驚いたが、どうやらもう大丈夫みたいだな」

「と言うことは、もしかして、あなたが助けてくれたの……?」

「あぁ」

「どうして? 魔族はこの世界を闇に染めようとしている人間の敵でしょうっ?」

「それはお前たちの王が勝手に広めている、王族の悪政から目を逸らさせるためのウソだ。俺たち魔族は人間の国を侵略するつもりもなければ、敵だとも思っていない。――それに、お前は恩人だからな」

「恩人?」

 魔王に恩を売った覚えなどない。何かの間違いではないだろうか?
 考えていると、ピイッ! という雛のような鳴き声が聞こえ、魔王のコートの中から飛び出した黒い影がコリーンの肩に乗った。
 黒い影はピィピィと鳴きながらコリーンに頬ずりをしてくる。

「え、なに、ちっちゃなドラゴン?!」

「お前は森の前でコイツ……俺の眷属に癒やしの力を与えてくれた恩人だ。だから、俺も同じことをお前にしただけだ」

「あなた、コウモリじゃなくてドラゴンだったの……!」

 勇者たちに捨てられ、気絶する直前に癒やしの力を与えた小さな命。

 意識が朦朧としていたときにはコウモリに見えていたが、コリーンが助けたのはとても小さな手乗りサイズの黒竜だったらしい。
 皮膜の翼も、鱗に覆われた体も、つぶらなクリっとた瞳も全てが真っ黒だ。

「か、かわいい……!」

 まさかドラゴンがこんなに可愛い生き物だったなんて。

「私、ドラゴンなんて初めて見ました……!」

「ドラゴンは人間が多い土地の汚い空気の中では生きられないからな」

「……魔族の領地よりも、人間の街のほうが空気悪いんですか?」

「あぁ。それに人間たちの土地は資源も乏しいし、そんな場所をわざわざ闇に染めて侵略する必要なんてない。俺たちが人間と戦っているのは、お前たちが攻撃してくるからだ」

 まさか、勇者の人間性どころか国の上層部まで腐っていて、魔王討伐の理由すら嘘だったなんて。
 すぐに全てを信じられるわけではないが、国王へ謁見したときに、城の人間たちの対応にモヤッとしたことが多かったのも事実だ。
 王族も貴族も、孤児院出身のコリーンを尊重していないことが、言動の端々から滲み出ていたからだ。

「……なんか、人間がご迷惑をおかけしているみたいで申し訳ないです……」

「いや、お前が全てを代表して謝る必要はない。とりあえず今後、お前だけでもまずは俺たちを敵視するのはやめてくれ。コイツ……この黒竜も懐いているし、よかったらしばらく城に滞在して完全に体力を回復していかないか? 恩返しと共に、魔族のいいところを知ってほしいんだ」

 コイツと指さされた手乗り竜が嬉しそうにキュルキュルと喉を鳴らす。

「いいんですか?」
「あぁ。ゆっくり休んでくれ。俺の名前はカイゼル。お前は?」
「私はコリーンです」
「よろしくなコリーン」
「こちらこそ!」


* * *


「美味しいーーーーーー!」

 焼きたてでふかふかのパンと、野菜と肉の具がたっぷり入ったシチューを口に入れ、コリーンは頬を押さえながら叫んだ。

 その様子を、一緒に昼食のテーブルに着いていたカイゼルが微笑ましそうに見ている。

 魔王城に滞在して五日。
 魔族の地での生活は、驚くほどに快適だった。

 まずカイゼルが言っていたとおり、魔族の土地は空気も水もとても澄んでいて綺麗だ。
 案内してもらった城の庭園では様々な植物が青々と生い茂り、色とりどりの花を咲かせていた。
 果樹園には甘い香りの果実がたわわに実り、野菜も毎朝新鮮なものが城へ届けられる。
 凶作続きで食料が不足しがちだった人間の国とは大違いだ。

(民衆の生活が苦しいのは、魔族が世界を闇に染めているせいだと王や貴族は言っていたけど、今思うと政策の失敗から目を逸らさせるための嘘だったのね……)

 王都ではどんよりと暗い顔をした人間が多かったが、魔王城で働く魔族たちはみな生き生きとしていて親切だ。
 角の生えた執事も、半獣人のメイドも、種族の違うコリーンに分け隔てなく接してくれる。

 孤児院出身のことをマクシム(旅の仲間)たちにすら蔑まれた記憶を思い出し、魔族たちの温かさと優しさに、コリーンはもう二度と彼らを討伐しようだなんて考えないと決めた。

「美味いか? コリーンはたくさん食べてくれるから、腕のふるいがいがあると料理長が言っていた。おかわりならいくらでもあるからな。ほら、この肉も美味いぞ」

 そして魔族の中で誰よりも優しいのはカイゼルだ。
 彼は頼れるリーダーとして、魔族たちにとても慕われている。城で働く魔族たちの表情が明るいのも、カイゼルの人柄によるものが大きいのだろう。

 そしてカイゼルはとても気が利いて、コリーンのこともよく見ている。
 この五日間だけでも、まだ体調が万全でないコリーンの変化にすぐに気がついてくれることが何度もあった。
 そのたびに、コリーンの様子が落ち着くまでずっと側で見守ってくれていたのだ。

『カイゼルさんは執務もあって忙しいのに、すみません』
『俺が好きでお前の側にいるんだから気にするな。むしろ、そんな体なのに竜に癒やしの力を与えたコリーンを本当に尊敬するよ』
『ありがとうございます……』

 頭を優しく撫でてくれるカイゼルの温かくて大きな手。
 出会ったばかりなのに、彼の体温と包み込むような眼差しはコリーンをとても安心させた。
 尊敬すると言ってくれたことが、たまらなく嬉しい。

(マクシムたちなんて、私の具合が悪くなっても面倒そうに放置するだけだったのに)

 カイゼルの優しさを噛みしめ、看病してもらったときのことを思い出したコリーンの瞳に、じわりと涙が滲む。

「ど、どうしたっ? この肉、嫌いだったか? それとも、もっとおかわりが欲しいのか?」

 突然のコリーンの涙に驚いたカイゼルが、普段の頼れる様子からは想像できないほどオロオロとうろたえる。
 最近は常にコリーンと一緒にいる、ピィと名付けた手乗り竜も必死に涙を舐めてくれた。

「あっ違うんです。私、魔王城に来られて、魔族がいい人たちだって気づけて、本当に良かったなぁって。それを噛み締めてたら涙が出ちゃって。ピィちゃんもありがとうね」
「そ、そうか? どこか痛いとかじゃないな?」
「はい。大丈夫です」
「よかった。……コリーンさえよければ、いつまでだってこの城にいてくれてかまわないからな」
「本当にありがとうございます。……せめて、マクシムたちを癒やした力の半分でも残っていれば、私もこのお城の役にたてたのに……」

 コリーンがカイゼルに保護されてから五日。
 彼女を捨てたとき、マクシムたちは十日ほどで森を抜け魔王城に着くはずだと言っていた。

 あんな強欲な人間たちが、話し合いで魔族への攻撃をやめるはずがない。
 戦闘になったら、自分はますます足手まといになってしまうだろう。

 コリーンがそう不安を漏らすと、カイゼルはあっさりと笑った。 

「たとえ勇者だろうと、魔力の低い人間に俺が負けるわけはないと思うが……。けどそうだな。コリーンが不安なら、お前の力を勇者たちから取り返そう」
「え? そんなこと、できるんですか?」
「人間には不可能でも、今コリーンの前にいるのは誰だ? 魔族を統べるリーダーだ。つまり魔族の中で魔力が一番強い。お前の力を、慰謝料と利子つきで返してもらおうぜ」

 そう言ってニヤリと笑うカイゼルの姿は、とても頼もしかった。

*

 コリーンが魔王城に滞在してから二十日。
 予測していた日数よりも倍の時間をかけ、マクシムたちは魔王城へ辿り着いた。

 茶髪で青い瞳のマクシム。黒髪で黒い瞳のイザベラ。赤髪で榛色の瞳のバルザック。
 彼らの髪と瞳の色はコリーンの記憶と同じだが、何故か泥まみれでボロボロだった。表情も疲れきっている。

「底なし沼の巨大魚に食われかけてた。この泥まみれの格好で城の中を歩かれても掃除が大変だから、三人まとめて俺がこの部屋まで転移させた」

 玉座の間でマクシムたちと対峙しながら、カイゼルがコリーンに説明する。
 三人を転送させてもケロリとしているなんて、本人の言うとおりカイゼルの魔力量は相当のものらしい。

「すごいですカイゼルさん……!」
「そうか?」
「はい!」
「お前にそうやって褒められるのは心地いいな」

 圧倒的な力量差に、ついほのぼのとしたやりとりをするコリーンとカイゼル。
 そんな二人とは対象的に、マクシムたちは驚愕の表情で玉座を見上げている。

 とっくの昔に森の前で野垂れ死んだと思っていたコリーンが魔王の隣にいるのだから、驚くのも無理はない。

 しかもコリーンはカイゼルの見立てによって、質の良い黒のドレスを着ていた。

 まだ完全に艶を取り戻したわけではないが、メイドたちに念入りに手入れをされたホワイトブロンドは優美に結い上げられ、コリーンの首の白さと華奢さを惹き立てている。
 耳を飾るのは、カイゼルのピアスとお揃いの紅水晶のイヤリングだ。

 ドレスアップしたコリーンが黒衣のカイゼルに並ぶ様は、完璧な絵画のようだった。

「コリーン! お前、生きていたのか!」
「しかも何よそのドレス! あんた、魔族に寝返って魔王に取り入ったわけ?!」
「俺たちを裏切ったのか!」

 親しげなコリーンとカイゼルの様子に、二人が仲間になったことを察したマクシムたちが口々に勝手なことを叫ぶ。

 もしかしたら自分にした仕打ちを、少しでも後悔してくれているかもしれないと思っていたコリーンは、自分の甘さとマクシムたちの救えなさを知った。

「カイゼルさん、この人たちゴミです。さっさと追い返しましょう。全力でぶちのめしたいです」
「わかった」

 コリーンへの罵詈雑言を聞いていたカイゼルの額にも青筋が浮かんでいる。
 その背中からは怒りのオーラがゆらゆらと漂っていた。

「コリーン、俺と一緒に手のひらをアイツらへ向けろ」

 後ろからコリーンの体を抱く形で支えたカイゼルと共に、両手をマクシムたちへ向ける。
 コリーンの耳元でカイゼルが呪文を紡ぐと、マクシムたちの体が白く発光し始めた。

「な、なんだコレ?!」

 三人が自分たちの異変に焦り騒ぎ始めるが、魔力の扱いで魔王に敵うはずもない。
 光はどんどんと大きくなり、まるで部屋の中に太陽があるみたいだ。

「コリーンの力、返してもらうぞ……!」

 カイゼルの声と共に、三人の体から出た光がコリーンの手に吸い込まれていく。

「っ…………!」

 ドクドクと心臓の音が耳元で聞こえる。
 温かい何かが、体中を満たしていく。
 眩しくて目を開けていられない。

「――――――!」

 全ての光がコリーンの体に吸い込まれたとき。
 勇者たちのいた場所には、シワシワの枯れ木のような老人が三人立っていた。
 
「なーーーーーーーっ?!」
「キャーーー?! 私の肌が! 肌が!」
「俺の筋肉っっ!」

 自分たちが老人になっている。
 互いの姿を指差し、三人は阿鼻叫喚の大騒ぎだ。

「ピィィィィーーーーーー!!!!」
「なっ?! 竜?!」
「あつ! 熱い! 熱いっっ!!!!」
 
 パニックを起こした三人へ、ピィとピィの親竜がトドメの火炎攻撃を仕掛ける。
 ろくな抵抗もできずに、ヨボヨボのマクシムたちは城の外へ逃げ出して行った。

「勇者たちがあんな姿にされたんだ、人間の王も魔族への侵略を諦めるだろうな。調子はどうだコリーン?」
「体が久しぶりに軽くてすごくイイ感じです! 今なら、空だって飛べそう……! 本当に、ありがとうございますカイゼルさん……!」
「頬の血色もよくなったな」

 顔色を確かめるため、カイゼルがそっとコリーンの頬に触れる。その指先は優しく温かい。

「カイゼルさん。私、癒やしの力を取り戻したら、カイゼルさんに言いたいことがあったんです」
「なんだ?」

 コリーンの言葉を聞き、彼女が話しやすいようにカイゼルは長身を屈め目線を合わせてくれた。
 あぁ、本当にカイゼルは優しい。この人の、こういうところが好きだ。

「カイゼルさん。私を、貴方のお嫁さんにしてください!」
「なっっっ?! お前、いきなり、何を?!」
「あ、言っておきますけど、魔王の財産狙いとかじゃないですからね! 純粋にカイゼルさんのお嫁さんになりたいんです!」
「いや、でも、俺たちまだ会ったばっかりで。と言うかまだ恋人でもなくて……!」

 その気になれば国だって傾けられそうなほどの美形なのに、恋愛ごとには免疫がないのかカイゼルの顔は真っ赤だ。

(さっきまであんなに頼もしかったのに、なんて可愛いのカイゼルさん……!)

 いつの間にか集まっていた城で働く魔族たちが、オロオロと慌てるカイゼルをはやし立てる。

「カイゼル様ー! そこは男らしく応えましょうー!」
「コリーンならきっといい嫁さんになるっす! 応援するぞー!」
「頑張れー!」
「ピィーーーーー!」
「ピィも『そうだそうだ』って言ってますーー!」

 陽気な魔族たちはすっかり祝福ムードで、拍手や指笛を鳴らしている。

「お前たち、うるさいぞ……!」

 カイゼルが真っ赤な顔で睨みつけても、魔族たちの楽しげな様子はおさまらない。

「……カイゼルさんは私のこと、嫌いですか?」
「嫌いなわけないだろう!」

 思わずといった様子で、カイゼルは嫌いという言葉を叫んで否定した。
 そんなカイゼルが可愛くて、コリーンの胸はキュンッと高鳴る。

「じゃあ、どっちかって言うと、好き?」
「……嫌いか好きで選ぶなら、す、すき……だ」
「それならまずは、お嫁さん候補として、今後もよろしくお願いしますねカイゼルさん!」

 勇者パーティーから追放されたカラッポ聖女が、魔王の花嫁になるのは、きっとそう遠くない未来の話。

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