呪われた村娘は王子様から溺愛されて死を選ぶ
 婚約パーティーから一週間が経った。ベランジェはクラルテとの日課の夜のお茶を済ませ、執務室で仕事をしていると誰かが室内へ入り込んだのに気づかなかった。
 「先日の婚約パーティーは盛り上がっていたようだね」
 執務室に入り込んだのは闇のような男性だ。この男性はベランジェに南の村まで追い詰められ逃亡をした。その時にベランジェの足に怪我をさせた語るのも恐ろしい魔術王という誰も刃向かえない人物だ。
 その男性は 真っ黒な詰め襟、ロングブーツ、マントはどの影や闇にも同化できそうな印象を受ける。
 濃い紫がかった黒髪。髪は腰くらいまで長く、一つに結んでいる。蛇のような鋭く切れ長の赤い目。身長はベランジェと同じくらい、細身の引き締まった体格をしている。ベランジェに視線を送るその顔は人の温かさを感じさせない冷たい顔をしている。
 「お前……!」
 ベランジェは勢いよく立ち上がり、腰に手を伸ばすが今は剣を持っていない。
 「怪我の具合はどう? 村娘に手当てをされてすぐに治っちゃった?」
 魔術王は一歩一歩ゆっくりとベランジェに近づく。
 「婚約パーティーを遠くから見学させてもらったよ。あんなにデレデレしてて、しばらく見ないうちに腑抜けになったね」
 書物机を挟んでベランジェと魔術王が対峙する。
 「キミの大切な婚約者を呪わせてもらった」
 「なに!?」
 ベランジェの全身に寒気が走る。初夏だというのに真冬の冷気が身体を覆っているように感じる。
 「僕は優しいからね。むかし僕に倒されたかつての王と同じ結末を婚約祝いとして贈るよ。どんな呪いをかけたか知ってるだろうけど教えてあげる」
 恐怖で固まり、何も言葉を言えずにいるベランジェを気にせず話を進めていく。
 「愛する者からの愛、それを苦痛に変えた。キミは何もできず自ら破局させていくのを見ているしかできない。愛すれば彼女は胸を痛ませ、愛さなくとも胸を痛ませる」
 呪いを恐れずに魔術王に一人立ち向かった王は最愛の王妃を呪われ、呪いによって命を奪われた。憔悴した王は簡単に倒されたという最悪の史実。
 「顔が蒼いよ、大丈夫?」
 ベランジェの顔から一気に血の気が引いて真っ青になる。語られない歴史が頭の中で鮮明になる。
 「お前は無力だ。愛する者を傷つけ守る事もできない。自分の無力さを思い知れ」
 魔術王はそれだけ言うとどこへともなく消えていった。

 ベランジェは執務室を飛び出し、クラルテの元へ向かう。眠っているクラルテを無理矢理起こすとベランジェの顔を見ただけで胸に違和感を感じると話した。
 ベランジェは顔を真っ青にして膝から崩れ落ち、様子がおかしいベランジェを心配するクラルテの様子に気づかなかった。
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