呪われた村娘は王子様から溺愛されて死を選ぶ

夏の冷たい日々

 ベランジェの婚約者であるクラルテには呪われているということを伏せ、原因不明の胸の痛みを患ったとして療養のため王都の外れにある王家が静養で使う屋敷にやってきた。
 クラルテは自然豊かな小さな村で育った。城での療養より自然に囲まれているこちらの方が良いと思い、ベランジェが決めた。
 屋敷にはクラルテ、ベランジェ、執事、メイドの四人でやってきた。メイドのマノンはクラルテの身の回りの世話として、執事のアルフレッドはベランジェの身の回りの世話と仕事の補佐としてやってきた。
 城よりは狭いが環境もよく、屋敷の近くには街もあり生活するには充分な屋敷だ。

 この屋敷に来てから半月ほど経った。お互いが新しい環境に慣れた頃ーー。
 穏やかで明るい朝。日差しはさらに強くなり、夏になろうとしている。
 クラルテは目を覚ますと重たいまぶたを開ける。今回は三日ほど寝込んでしまった。病気になってから伏せることが多くなり、朝と夜の日課にしていたお祈りもできなくなっていた。
 クラルテは重だるい身体を起こし、ベッドから出て窓辺に立って見下ろす。二階の窓から見下ろすと木々が見える。故郷の村とは違うが、自然豊かな景色はクラルテの心を癒やしている。
 クラルテは窓に自分の元気のない顔を写してベランジェの事を考える。
 (ベランジェ、何してるかな?)
 ここに来てからベランジェには「忙しい」と言われ、何度も会って話す機会を作ろうとお願いしても同じ答えしか返ってこない。
 今は話すこともなくなり顔も合わせない日が何日も続く。クラルテは寝間着のまま、あれこれ良くない事を考えているとメイドのマノンが部屋へやってきた。
 「クラルテ様、おはようございます。今日はお身体の調子がよろしいみたいですね」
 マノンは昨日より元気そうなクラルテを見て嬉しそうに話しかける。三日ほど寝込んでいたので、ずっと心配してくれていた。
 マノンはクラルテよりも小柄で深いオレンジ色の髪、瞳はその逆の明るいオレンジ色をしている。髪は短くフワフワとしたボブカットで可愛らしい印象を受ける。
 「少し良くなったみたい。ありがとう」
 マノンはテーブルセットの椅子を引き、クラルテを座らせる。朝食と一緒に水と紅茶を用意してくれたので水を一口飲む。
 「マノン、今日のベランジェの予定わかる?」
 マノンにベランジェの予定を毎朝聞いている。体調が悪い時でも聞いていた。会えなくてもベランジェが何をして過ごしているか知りたかった。
 マノンによると、ベランジェは今日も朝早くから仕事へ出かけたようだ。クラルテが寝込んでいたこともあり、もう二週間も顔を見ていない。
 王都へ行く時は朝早く帰りが遅い。たまに日が沈む前に帰って来ても執務室にこもって仕事をしている。会う機会を作らないようにしているような、話しかけても避けされているような気がして会いに行く勇気がない。
 「少しでも会いたいな……」
 会いに行く勇気はないが、ベランジェに会いたい。どうにか会う事はできないだろうか。クラルテは胸の痛みを手でおさえ、ベランジェの事を考える。
 「クラルテ様、お会いできるといいですね。あたしも願っています」
 クラルテはマノンに礼を伝えると、マノンがクラルテが気にしていたことを尋ねてきた。
 「クラルテ様、もうすぐ恋人の日ですよね。ベランジェ様と何か贈り物などをしたりするのですか?」
 恋人の日。故郷の村でも夫婦や恋人たちがその日を二人で祝っているのを見たことがある。ずっとやってみたくて憧れている。
 「恋人の日、何も考えてないわ。贈り物も用意していないし、何がいいのかも。それに、その日に会えるのかな……?」
 クラルテとベランジェにとって初めての恋人の日だ。クラルテはその日を少しでもベランジェと一緒に過ごしたいと思っている。
 「どうでしょう。お忙しそうですからね。機会があれば、あたしからもお伺いしてみますね」
 マノンが続けて話す。
 「クラルテ様、朝食はお召し上がりになりますか?」
 テーブルに朝食としてオートミールのトマトスープが置かれている。先程から美味しそうな匂いがしているが、食欲が湧かない。
 「少しだけ食べてみるわ」
 クラルテはスープスプーンを持ち、一口食べる。トマトの酸味が効いていて美味しい。一口だけと思ったが、食が進む。
 クラルテが朝食を食べていると、マノンが小皿に乗っている褐色のクッキーを勧める。
 「クラルテ様。食べ終わりましたら、よかったらこちらのクッキーもどうぞ!」
 「このクッキーはマノンが作ったのね」
 マノン手作りの褐色のクッキー。ココアクッキーではなく、焼きすぎて褐色になっている。マノンは料理を上手く作るのが苦手のようで、食事作りは執事のアルフレッドが担当している。
 「やっぱりわかりますかぁ。前回より上手く作れましたよ!」
 前回は砂糖と塩を間違えていた。自信作のようで、マノンは食べてほしそうにクラルテを期待の眼差しで見つめる。
 「……食べてみるね」
 クラルテは小さく一口クッキーをかじる。
 「ちゃんと甘いけど、固いクッキーね。でも美味しいわ」
 粉を入れすぎなのか、クッキーが固い。焼きすぎな事もあり、苦みを感じる。
 「ありがとうございます! クラルテ様はお優しいです。ベランジェ様とアルフレッドさんにも食べていただいたんです。お二人とも苦いし、固くて歯が折れそうと言ってあたしをいじめるんです! 特にベランジェ様が固すぎといじめてきてーー。申し訳ございません……」
 婚約者であるクラルテが病で伏せっているのに、マノンはベランジェと仲良く話している様子を話してしまい謝罪する。
 クラルテの胸がズキッと強く痛むと、痛みがどんどんひどくなっていく。
 「ごめんなさい、少し休ませてくれる?」
 クラルテは痛む胸を押さえ、荒い呼吸を整える。マノンは再び謝罪をして水だけを残して朝食と紅茶を下げ、お辞儀をして部屋から出て行く。
 クラルテはベッドに潜り、苦しそうな表情で胸を押さえる。
 なぜ病気になってしまったのだろう。田舎の村娘が王子様と結婚だなんてバチが当たってしまったのだろうか。
 クラルテは病気だが、医者から治療を受けているわけではない。ベランジェによると治療しても無駄とのことらしい。薬も飲まず、伏せっている事しかできない。
 クラルテはベッドで胸の痛みに耐えながらうずくまっていると、気づいたら眠ってしまっていた。

 ***

 マノンと会話して体調を崩した日から数日が経つ。今日はクラルテが楽しみにしていた恋人の日だ。クラルテはあの日から体調が回復し、起き上がれるようになった。
 クラルテは窓の外を眺めている。窓から見える景色は朝だというのに薄暗くてどんよりと灰色の雲が空を覆い、今にも雨が降りそうな雲をしている。天気はスッキリしないが、クラルテはやる気に満ちた表情をしている。
 すでに身支度を済ませているクラルテは初夏らしい爽やかな淡いブルーのドレスを着ている。

 二人で過ごす初めての恋人の日を諦めたくない。ベッドに伏せっている間もどうやったらベランジェと一緒に過ごせるか考えていた。
 今日は絶対にベランジェと会いたかった。ベランジェの仕事の帰りが遅くなろうと発作で胸が痛くなろうと一目だけでも彼の姿を見ようと心に決めている。
 マノンにベランジェの予定を聞くと今日は一日中、執務室で仕事をすることになっているようだ。
 今は体調が良いので贈り物を作って手渡そうと考える。朝食もすでに終わり、昼食の準備が始まる前の今の時間帯ならキッチンを使っても邪魔にならないだろう。クラルテはいそいそとキッチンへ向かう。

 キッチンには誰もいなかった。この屋敷のキッチンにはほとんど入ったことがないが、とても整然と片付いているのが分かる。
 クラルテはお菓子作りの本を見ながら何を作ろうか選ぶ。ガトーやコンフィズリーの作り方を見ていく。昼食の準備の邪魔にならないよう、時間がかからないものを作りたい。
 本で調べているとチョコレート菓子が載っている。デートの時にベランジェからもらったチョコレートが美味しかったのを思い出し、チョコレート・トリュフに決める。クラルテは食材庫へ向かい、チョコレートがあるか確認しに行く。
 食材庫で材料を集め、チョコレートを刻み湯煎で溶かしていく。作り始めてから胸が痛み出したが、耐えられる程度の痛みだ。
 チョコレートを溶かしていると、マノンがフラフラと甘い匂いに誘われるようにキッチンへやってきた。
 「いい匂いすると思ったら、クラルテ様が作ってらしたのですね。これはチョコレートですね。朝から体調がよろしいみたいでよかったです」
 通りかかかったマノンがキッチンの外から声をかけて、さらにフラフラと中へ入ってくる。
 「いつも気にかけてくれてありがとう。恋人の日にベランジェへチョコレートを作っているの」
 「あたし、ちょうどお手隙なんです。お手伝いします!」
 「ありがとう、お願いするね」
 クラルテとマノンは一緒にチョコレート作りを始める。マノンはクラルテが溶かしているチョコレートを凝視している。
 「……味見してみる?」
 「いいえ! ベランジェ王子様へ作ってらっしゃるのに、あたしが味見などできません! ボールに残ったもので十分です」
 またマノンは溶かしているチョコレートを凝視し始めた。クラルテは非常に食べたそうにしているマノンの横でガナッシュ作りを終える。
 ガナッシュを作り終わり、固まるまでしばらくかかる。季節は初夏だが、いつもは王室が静養で使っているこの屋敷は避暑地にあたるため気温は高くなく、暗所に置けばチョコレートは常温でも固まり始めている。
 固まる間、ガナッシュのコーティング用ダークチョコレートをバットに出して準備する。
 マノンはクラルテへ聞きたかったことを質問する。
 「クラルテ様。もしよろしければ、クラルテ様とベランジェ王子様はどうやって出会ったのか教えていただけませんか?」
 クラルテはベランジェとの出会いを照れながらマノンに教える。胸の痛みが気になり、押さえる。
 「故郷の南の小さな村で出会ったんですね。素敵です~。運命の出会いですね!」
 マノンは二人が出会っている様をうっとりしながら想像している。
 「運命?」
 マノンにそう言われ、嬉しくなって照れて胸が強く痛む。
 「結ばれるべくして出会い、結ばれる。ロマンチックです~!」
 マノンは一人ではしゃいでいる。マノンの言葉は嬉しいが、胸の痛みが強くて喜べない。また寝込む事になっては困る。ガナッシュはほぼ固まり、手で丸めて成形できそうだ。
 マノンと一緒に成形して、ダークチョコレートでコーティングをしてトリュフチョコが完成した。
 クラルテは広報に取材された初デートの時にベランジェからチョコレートをもらった。トリュフチョコを入れる箱を用意していなかったので、大切に持っている空のギフトボックスに入れた。
 「完成ですね! 絶対喜んでくれますよ!」
 マノンは嬉しそうに言いながら、調理器具などの片付けを終えてボールに残ったガナッシュを舐めている。クラルテも嬉しそうに微笑む。渡すのが楽しみだ。
 「お二人がお揃いで何をしているのですか?」
 昼食の支度をしに来た執事のアルフレッドが肩にかけている白衣を脱ぎながらクラルテとマノンに声をかける。
 アルフレッドは細いフレームのメガネをかけている。身長はベランジェより若干低く、細身の体型をしている。緑がかった黒髪で襟足が長く、燕尾服の上に白衣を肩にかけている。青く鋭い瞳からは知性が感じられる。
 「アルフレッドさん、クラルテ様がベランジェ王子様へ贈るチョコレートを作っていたんです」
 ボールに残ったガナッシュを舐め終わり、アルフレッドへ伝える。
 「チョコレート?」
 クラルテはアルフレッドに出来上がったトリュフチョコを見せる。
 「これよ。ベランジェ、喜んでくれるかな?」
 クラルテは頬を染めて照れながらアルフレッドに見せる。
 「ええ、きっと喜んでくださいますよ。今日はクラルテ様のお加減もよろしいようで、よかったですね。……失礼します」
 アルフレッドはかけているメガネを直し、キッチンから出て行った。
 「もう昼食の時間だったんですね。クラルテ様とのチョコ作りが楽しくて時間を忘れてました。あたしはこのまま昼食の準備に入りますね。クラルテ様はお部屋でおくつろぎください」
 「そうさせてもらうわ。手伝ってくれてありがとう」
 クラルテは先程から痛む胸を押さえながらギフトボックスを持ってキッチンを出る。

 クラルテは昼食後にベランジェへ手作りチョコを渡そうと思い、それまで自室で休むため部屋へ向かっている。自室へ向かっていると、ちょうど廊下をベランジェが歩いている。
 「ベランジェ」
 クラルテが声をかけるが、気づいてくれない。もう一度、今度は大きな声でベランジェを呼ぶが、立ち止まってはくれない。無視されているのかと思ってしまうくらい、反応がない。
 クラルテは勇気を出してベランジェの袖を引っ張る。ベランジェはやっと立ち止まり無言で振り向く。
 (あっ……)
 クラルテは胸にズキッと鋭い痛みを感じる。表情を消したような、冷たい顔。ベランジェのこんな冷たい顔を見たことなかった。
 クラルテはベランジェの冷たい顔に驚き、話す言葉を忘れる。沈黙が続き、クラルテが話し出そうとしないと思い、立ち去ろうと歩き出す。クラルテは去ってしまうベランジェの背中に向かって伝える。
 「ベランジェ、今日は恋人の日なの。少しでもベランジェと一緒に過ごしたくて……」
 両手で持つギフトボックス手に力が入る。続く言葉を紡げなくて沈黙が続く。ズキズキとする胸の痛みが辛くなってきた。
 キッチンから出て行ったアルフレッドがクラルテの向かい側から慌ててやってきてベランジェに話しかける。
 「ベランジェ様、お話がございますので少々よろしいでしょうか?」
 ベランジェとアルフレッドは話しながら急いで行ってしまった。クラルテは二人の背中が消えるまで見つめていた。クラルテはその場で立ち尽くしていた。
 クラルテの言葉には耳を貸さず、アルフレッドの言葉には耳を貸しているのを目の当たりにしてショックを受ける。
 クラルテはベランジェの態度に顔を暗くする。病気になって嫌われてしまったのだろうか。クラルテは悲しい顔のまま胸の刺す痛みに耐えながら自室に戻った。

 自室に戻り、ギフトボックスをテーブルの上に置く。クラルテはベッドに腰掛けてそのまま横になる。横になってもズキズキと痛む胸は治まらない。横になっているとマノンが昼食を運んできてくれた。
 身体を起こそうとするとマノンが介助してくれた。クラルテは重い身体を起こし、昼食が用意されたテーブルの椅子に座る。
 「昼食、お召し上がりになれそうですか?」
 マノンが心配そうに尋ねる。クラルテはうなずくと小さく一口ずつ食べ始める。何口か食べると、クラルテは食べる手を止める。美味しそうな昼食をほとんど手を付けられなかった。
 「ベランジェがわたしと結婚しようと言ってくれたのは、もしかして偽装結婚とかなのかな……」
 「なんで偽装しなきゃならないんですか?」
 「分からないけど……」
 マノンが否定を即答する。ベランジェからは偽装ということをまだ何も聞いていない。もしかしたら、いずれ話されるのかもしれない。
 不安から考えが嫌な方向へ行ってしまっている。何も根拠のない不安を信じてしまいそうになる。
 「もしかしてマリッジブルーですか? あまりお会いできなくて不安になってるだけですよ!」
 そう言って励ましてくれるが、マノンは昼食の準備で先程のクラルテとベランジェの場面を見ていない。
 マリッジブルー。そんな甘美な不安ではない。嫌われていると思ってしまうほど、クラルテにとって先程の出来事はショックだった。

 ***

 クラルテはベッドに入って横になりながらギフトボックスを手に取り、渡すかどうかを考えている。
 先程のベランジェの雰囲気では渡さない方が良いのかもしれない。喜んでくれると思えない。渡さなくて後悔しないだろうか。答えが出ないまま時間が経っていく。

 時刻は深夜になり、外は雨が降っていて強い雨音が聞こえる。もうすぐ今日が終わる。
 クラルテはまだ着替えず、ベッドに入ったままベランジェへ渡すかを考えている。クラルテは起き上がり、時計を見る。日付が変わる五分前。
 クラルテはベッドから出てギフトボックスを持ってベランジェへ渡しに向かう。

 誰もいない廊下は暗く、雨音だけが聞こえる。
 クラルテはベランジェの部屋の前までやってきた。初めて来たベランジェの部屋の前。ベランジェはもう休んでいるだろうか。昼間の事もあり、勇気を出して静かにノックをする。応答がない。もう一度ノックをする。同じく応答がない。眠っているのか、無視されているのか。
 「ベランジェ、開けるね」
 クラルテは小声で断り、部屋のドアを開ける。そっと覗いた部屋の中は暗く、誰もいない。まだ執務室にいるのだろうか。クラルテはドアを閉めて執務室へ向かう。

 執務室前。クラルテは静かにノックをする。応答がない。もう一度ノックをする。同じく応答がない。
 ベランジェの部屋と同じく開けようかと思っているとドアが開いた。ドアの前には無表情のベランジェがクラルテを見下ろしている。昼間のベランジェを思い出す。
 「……っ!」
 胸が刺すように強く痛む。クラルテは胸をおさえる。ベランジェはドアを開けたまま執務室の奥へ入る。ドアが開けられたままなので、クラルテも奥へと入る。
 初めて入るベランジェの執務室。重厚な内装と立派な書物机が置かれている。壁は一面、本棚になっている。何が書かれているのかタイトルからも分からない分厚い本が隙間なく並んでいる。
 「何の用だ?」
 ベランジェはクラルテに背を向けて感情がこもっていない低い声で呟く。クラルテは威圧感に負けそうになるが、勇気を出してここまで来た。ベランジェの顔も見られた。クラルテはどうしても手作りチョコを渡したかった。
 「ベランジェ、深夜にごめんなさい。まだお仕事だったのね。今日は恋人の日だからベランジェの為に作ったチョコレートをどうしても渡したくて」
 クラルテは両手で持っているギフトボックスをベランジェへ差し出す。
 「覚えてる? ベランジェと初めてデートをした時にチョコレートをプレゼントしてくれたギフトボックスでーー」
 雨音の中、くずかごに物が落ちる音がした。
 「あ……」
 クラルテは小さく声をもらす。
 ベランジェは書物机横にあるくずかご入れにギフトボックスを捨てた。胸の痛みがクラルテを突き刺した。
 「用が済んだのなら出て行け」
 クラルテは腕を掴まれ、無理矢理に執務室を出される。ドアが閉まる音は拒絶の音に聞こえた。クラルテは力のない足取りで自室へ歩く。
 自室へたどり着くとドアを閉めるのも忘れ、クラルテはベッド脇で倒れてしまう。悲しいのか胸が苦しくて痛くて辛いのかどちらか分からない涙がこぼれていく。
 雨音が強くなっていく。クラルテは激しい雨音が止まない自室で意識を失った。

 翌日。クラルテは目を覚ますとベッドの中にいた。ベッド脇で倒れたのを覚えている。自分でベッドの中へ入ったのだろうか。
 ドアが開き、マノンが水と紅茶を持って部屋へ入る。マノンはクラルテが倒れたのを知っているようで、体調を心配している。

 ベランジェにチョコを渡してからクラルテの体調はさらに悪くなり、ベッドから起き上がれない日々が続いた。心臓は刺すようにズキズキと痛み、少しでも心拍数が上がると胸が苦しくて動けない。マノンが飲み物や食事を部屋へ運んでくれたが、ほとんど手をつける事ができなかった。

 そんな日が一ヶ月ほど続いた。
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