呪われた村娘は王子様から溺愛されて死を選ぶ

アフタヌーンティー

 クラルテが部屋で寝込んでいる間も季節は進み、初夏から夏になっていた。日差しは強く、濃い緑色の葉は日差しを反射している。青空と夏雲のコントラスト。開いている窓から夏風が入ってくる。
 クラルテはお洒落な黄緑のドレスを着て椅子に座り、王室の歴史の本を開いてぼんやりしている。
 去年の夏は何をしていただろう。故郷の村で過ごした夏を思い出す。今は夏野菜が採れる時期だ。林にある木陰で涼んだり、動物たちが集まる川を眺めていた。数ヶ月前まで故郷の村にいたのに、遙か昔の事のように村が懐かしい。
 一ヶ月経ってやっと体調が回復し、ベッドから起き上がれるようになった。ベッドに伏せっている時はもう回復しないかと思うほど酷かった。
 現在は部屋で静かに過ごせるほどに回復した。回復してからは静かに部屋でマナー、王室の歴史、一般教養など少しずつ勉強をしている。
 あの日からベランジェには会っていない。嫌われているという恐怖で会うことができなくなってしまった。今ベランジェが何をしている、どうしているか気になるが、以前のようにマノンに尋ねる事しかできない。
 ベランジェと結婚してもこのままの関係性なのか、そもそも自分の病気は治るのか。クラルテには不安しかなかった。
 (ダメよ! こんな暗い事を考えてちゃ。今日はロズリーヌ様がお見舞いにいらっしゃる予定なのに)
 一週間程前、ロズリーヌから電話があった。受け答えたのはアルフレッドだった。ロズリーヌはクラルテの体調をたずね、学院の夏期休暇を利用して見舞いに訪れてもよいか尋ねた。
 体調も問題なく、クラルテもロズリーヌに会いたかったので会う約束をした。
 ロズリーヌは王都から半日の距離をかけてこちらへ来てくれる。午後に到着する予定と聞いているので、もう到着する頃だろう。
 クラルテは本を持つだけ持ってページを進めず、時計ばかり気にしている。クラルテがやっと一ページめくると、マノンが部屋へ入ってくる。
 「クラルテ様、ロズリーヌ様がいらっしゃいました。玄関でお待ちしています」
 「ありがとう。いま行くわ」
 クラルテはマノンと一緒に玄関へ向かった。玄関へ行くとロズリーヌと一緒に見知らぬ男性がいた。
 「クラルテさん、お久しぶりね。心配してたのよ。お元気そうでよかったわ。これ、お見舞いのお菓子よ。好きなだけ食べてちょうだいね」
 ロズリーヌはたくさんの紙袋をクラルテへ渡す。かなり重く、たくさん用意してくれたのが伝わる。マノンはクラルテから紙袋を受け取り、持ってくれている。
 「ロズリーヌ様。来てくれて、お菓子もたくさんありがとう。……こちらの男性は?」
 ロズリーヌへ気になっている事をたずねる。その男性は見たことがない異国の衣装を着ている。
 その男性は顔は丸く、柔和な顔つきをしている。顔と同じように体型も丸々としている。クラルテと身長が同じくらいで、濃紺の衣装を着ている。髪は短く白髪で赤ん坊がそのまま大きくなったような印象を受ける。
 「急な同行になってしまってごめんなさいね。こちらはフィルさんとおっしゃるの。同級生に紹介されたのですけど、この方は遠い東洋のお医者様で旅をしながら病気などを治して各地を回ってらっしゃるの。ちょうどこの街へ訪れるご予定だったようで、同行していただいたの。少しでもクラルテさんの体調が良くなるかと思いまして」
 「フィルです。お会いできて光栄です」
 フィルは深く頭を下げてお辞儀をする。ロズリーヌにクラルテの体調をフィルに話してもいいか聞かれ、うなずく。
 「こちらはクラルテ・ドヌーヴ嬢よ。原因不明の胸の病で療養中なの。力になっていただけるかしら?」
 「はい、もちろんです。僕にお任せください」
 フィルは自信満々に答える。自分の医術に自身があるのだろうか。
 「クラルテ・ドヌーヴです。よろしくお願いします」
 クラルテはお辞儀をする。医者と聞いて嬉しくなる。もしかしたら病が少しでも良くなるかもしれない。クラルテは赤ん坊のようなフィルの顔を見て一縷の希望を抱いた。
 クラルテたちは簡単な自己紹介を済ませ、マノンが庭にあるガゼボへ案内をする。避暑地のため夏でも風が吹くと涼しいので、そこでお茶をすることになっている。
 クラルテは庭にはほどんど出たことがなかった。久しぶりに緑に上を歩く。嬉しさと懐かしさを思い出し、表情が明るくなる。
 マノンがガゼボまで案内をすると、彼女がお茶を持ってくるまで三人で談笑する。
 「お元気そうで本当によかったわ。クラルテさんのこと、ずっと気にしてたのよ。もうすぐわたくしの妹になる方なのに何かあったら大変よ」
 「心配してくれてありがとう」
 クラルテは心配してくれて嬉しい反面、それしか言葉を返せない。病は回復しているというより、寝込む期間が長くなったりと悪化しているように思える。今回は回復するまで一ヶ月かかった。この先どうなってしまうのだろう。

 この国では東洋の医者は珍しい。クラルテやロズリーヌは彼の医術が気になり、その話になった。
 「フィルさんの医術の話を聞かせてくれる? 東洋の医術とはどんなことをされるのかしら?」
 ロズリーヌの質問にフィルが答える。
 「医術もそうだけど、東洋の医術は問診が一番大事なんだ。相手の体調や普段の生活をじっくり聞き出すことで治療法を見つけるんだよ」
 「じっくり聞き出すって、どのくらいの時間をかけるの?」
 クラルテが質問する。
 「そうだね。難しい病ほどじっくり聞き出す必要があるから、僕の判断になってしまうね。僕はしばらくこの屋敷の近くの街に滞在する予定だからクラルテさんの問診をじっくりできると思うよ」
 「それはよかったわ。クラルテさんがよろしかったら通っていただいたらどうかしら?」
 「そうね、そうしてもらおうかな」
 ロズリーヌの勧めもあり、そうしようと思った。
 クラルテには現在マノンしか話し相手がいない。ベランジェとは一ヶ月は会っていない、アルフレッドは執事の仕事とベランジェの仕事の手伝いをしているので、屋敷の中でも会う機会が少ない。クラルテにとって話し相手が増えるのは嬉しかった。
 「お茶をお持ちしました」
 マノンがお茶とお菓子を配膳カートに乗せて持ってきた。マノンは紅茶を注ぎ、テーブルにお菓子を並べている。ロズリーヌが東洋の医者がクラルテの問診に通うというのをマノンへ伝えると了承して少し離れた所で控える。

 会話が弾み、三人でお茶を楽しんでいる。話題はロズリーヌが学院で目撃したキュンの話題になった。
 「夏期休暇など長期休暇前にはダンスパーティーが開かれるの。わたくしのご学友のご令嬢の事なのだけれど、ダンスパーティーの申し込みだと思っていたら、まさかのプロポーズだったの! その場で見守っていたご令嬢方とキュンしたのよ~!」
 「それはおめでたいね」
 「キュン?」
 クラルテにはキュンという表現がよく分からなかった。
 「そうよ、キュン! クラルテさんはキュンいっぱいよね! 王室広報誌を何度見ても素敵だもの」
 「そんなに素敵なんだね。僕も見てみたいな」
 以前、広報にベランジェとのデートの様子を取材された。何だか懐かしい記憶だ。今は見るのが辛くて婚約指輪と一緒に引き出しにしまってある。今はこの記事が夢だったように思う。
 「ロズリーヌ様の話を聞いてると学院って楽しそうね。わたし、行ったことないの」
 故郷の村では父と老神父に文字の読み書き、簡単な計算を教えてもらっただけで、学校というものに通ったことがない。
 「そうなのね。通ってみるのも良いかもしれないわね」

 楽しく話こんでいるとあっという間に日が傾いていた。
 「あら、日が傾いて来たわね。長居をしすぎてしまったかしら。クラルテさんの体調に触るといけませんので、名残惜しいですがお開きの時間ね」
 別れ際にロズリーヌは忘れ物といい、フィルは泊まる予定の宿へ一人で帰って行った。マノンにもその場を離れてもらった。
 「少しだけわたくしの話を聞いてくださるかしら?」
 真剣な表情のしているロズリーヌ。クラルテは頷くとロズリーヌが話し出す。
 「ここ、懐かしいわ。兄が成人するまで夏に静養で家族と来ていたの。本当に兄は結婚してしまうのね」
 ロズリーヌは懐かしそうに屋敷を見渡す。
 「周りが姉妹ばかりだから姉妹が欲しかったものあるけど、周りの親戚の中では兄がいるのはわたくししかいない。幼い頃は兄と結婚したいなんて思っていたのよ。けど成長するにつれて兄妹だと近すぎて周りが言うように憧れたりしないものね。以前も伝えたかもしれないけど、兄のことをよろしくお願い致します」
 ロズリーヌは深々とお辞儀をする。クラルテは答えに困っている。実は嫌われているなど言えるわけなかった。自分の病のこともあり、このような状態で本当に結婚するのかも分からない。
 クラルテは言葉で答えず、ロズリーヌの手を両手で握る。妹としてベランジェを大切に思う気持ちになんと答えたらいいか言葉が出てこなかった。
 ロズリーヌはクラルテの行動を肯定と捉え、礼を言って微笑む。
 「クラルテさんの病が一日でも早く軽くなって治るように祈ってるわ。またお会いしましょうね」
 ロズリーヌは夕暮れの中、馬車に乗り込んで王都へ帰って行った。
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