呪われた村娘は王子様から溺愛されて死を選ぶ
キュンなのか?
翌日の午前。クラルテは昨日久しぶりに倒れてしまった。ベッドで安静にした方がいいとマノンに言われてベッドの中にいる。
「クラルテ様、お加減はいかがですか?」
マノンはお茶とお菓子を持ってきてくれた。
「昨日、倒れたクラルテ様をお部屋へ運んだ後、ベランジェ様がずっとついていてくださったのをご存じですか?」
「あ……」
目が覚めた時、ドアが閉まる音がしたような気がした。それはベランジェが部屋から出て行ったドアの音だったのかもしれない。
「ベランジェ様はクラルテ様を心配してずっとついていたんですよ」
「そうだったの。後でお礼を言わないといけないね」
聞いてくれるかは別としてお礼を伝えたかった。それと冷たい態度を取っているのにどうして隠れるように優しくしてくれるのだろう。
(それに、昨日のキスも……)
思い出すとまた顔が赤くなってきた。
「うっ……!」
また胸が痛み出す。
「大丈夫ですか?」
マノンはクラルテの背中をさする。
「どうして?」
なぜ胸が痛むのか。なぜベランジェの事を考えると連動するように胸が痛むのか。クラルテにとって初めてのキス。どうしても意識して考えてしまう。
「もう少しお休みになっていた方がよろしいですね」
クラルテはベッドで昼食まで伏せっていた。
クラルテは午前中、ベッドで横になりながら考えていたことをマノンに話す。クラルテはベッドから身体を起こして、マノンに聞いた。
「好きな人のことを考えて胸が痛くなることってある?」
本当は「キスされて胸が痛くなることはある?」と聞きたかった。ベランジェにキスされたと話すのが照れて話せず、このような聞き方になった。
マノンは「う~ん」とうなりながら考える。
「恋の病のことですか? 痛くなるというよりキュンですかね」
「恋の病……。キュン?」
クラルテには恋の病という発想がなかった。マノンからキュンとも言われ思ってもみない答えが返ってきて目を丸くする。そういえばロズリーヌがお見舞いに来てくれた時に学院の話をしてくれた時に使っていた言葉だ。
「あたしはよく分からないんですけど、相手を好きー! と思って、幸せキュンみたいですよ」
先日ロズリーヌがお見舞いに来てくれて一緒にお茶をした時にプロポーズを見守ってキュンしたと話してくれた。それと同じキュンだろうか。
「そのキュンとは、わたしの胸の痛みとは関係ないかな」
幸せと胸を締め付ける苦しい痛み。正反対で結びつかない。
「ベランジェ様を思って胸が痛いのならキュンですかね? なんで痛い。むむむ……」
マノンも同じ事を思っているようだ。クラルテが好きな人を想うのならばキュンだと思うが、実際の胸の痛みになるのが分からない。
突然、マノンが突拍子もないことを言い出す。
「愛し合っているお二人なのに」
(愛し合っている……?)
「マノンからはそう見えるの?」
「はい!」
マノンは満面の笑みで答える。
マノンはクラルテに仕えてからずっと二人を相思相愛と思っている。マノンはクラルテがベランジェに冷たくされている場面はマノンの仕事をしていて見ていなく、クラルテはマノンにそれを話していない。ベランジェがクラルテと顔を合わすことが少なくても大切に思っていることを知っている。
「本当に?」
「もちろんです」
念押しして聞いても同じ答えが返ってきた。
クラルテはベランジェと出会ってから婚約パーティーまでのことを思い出していた。
はじめは王子様と知って驚いたが、ベランジェが迎えに来てくれたこと、プロポーズしてくれたこと、王都でデートをした時のこと、婚約パーティーで言ってくれたこと。全部が幸せだった。
またあの頃に戻りたい。
また幸せな記憶を思い出し、胸を痛ませる。痛みは弱いが、昨日の痛みと同じく締め付けるような痛みだ。
「わたし、胸の痛みがキュンかどうか確かめてみる」
「ええっ! クラルテ様、お身体は大丈夫なんですか?」
マノンは倒れてしまったのを心配している。
「どうなるか分からない、また倒れてしまうかも……。でも確かめたいの」
クラルテはどうしても胸の痛みが何なのか確かめたかった。
ベランジェは執務室で仕事をしている。クラルテは一人で部屋へ入っても前回の恋人の日のときのように、ほとんど口を聞いてもらえずに追い出されてしまうと考えた。
マノンが協力すると申し出てくれたので、ベランジェを執務室の外へ呼び出してもらうことをお願いした。
マノンがベランジェと共に執務室から出てきた。クラルテは隣の部屋に隠れ、ドアの隙間から様子をうかがっている。ベランジェの後ろ姿が見える。
「先程から訳が分からないことを言って、何の用なんだ?」
「えーとですね、あの……。そのーー」
マノンはベランジェを呼び出す事しか考えてなく、言いよどむ。ベランジェはハッキリしないマノンに意識がいっている。クラルテはチャンスと思い、ベランジェに後ろから抱きついた。
「……! クラルテか!? 何をやってるんだ!」
ベランジェはクラルテにいきなり抱きつかれて驚く。また倒れられては困ると思い、クラルテを振りほどこうとする。クラルテは胸が締め付けられて苦しそうな表情をするが、ベランジェを離そうとしない。
「キュンなの? 違うの?」
クラルテは今度は正面からベランジェに抱きつく。離さないと言うように強くベランジェを抱きしめる。
(んっ……!)
クラルテはベランジェの男性らしい身体を感じ、自分から抱きつくという大胆な行動で顔を真っ赤にする。
確認するとはいえ、大胆なことをしているクラルテ。胸がドキドキと興奮して、キュンなのか痛くて苦しいのか分からなくなっている。苦しくてもベランジェから離れたくなくてしっかりと抱きしめている。
「何を言っているんだ、離れろ!」
ベランジェはクラルテを引き剥がそうとするが、全く離れない。これ以上抱きつかれてはクラルテに心音を聞かれ、鼓動を早くしているのに気づかれてしまう。
(ぐっ……!)
ベランジェは必死に抱きついて離れないクラルテを可愛いと思い、抱きしめ返したくなる。そんなことをすれば、またクラルテが倒れてしまうかもしれない。それにここで抱きしめてしまったら、今まで呪われてしまったクラルテを救おうと冷たくしてきたのが無駄になってしまう。
そこへアルフレッドが通りかかる。クラルテが強引にベランジェに抱きついているのが目に入り、言葉を失いメガネがずれる。
何故クラルテは冷たくされている相手に抱きついているのか。何がどうなってこのような状況になったのか検討がつかない。アルフレッドはあたふたとしながらクラルテを見守っているマノンに尋ねる。
「お二方は何をしているのです?」
「クラルテ様が胸の痛みをキュンかどうか確かめているんです」
「はあ?」
マノンに問いかけるとアルフレッドは思いもしない答えに素の反応で答えてしまう。何をどう思い、その行動をすることになったのだろうか。
キュンとは最近、主に学院生が使っている胸がときめいた時に使う言葉だ。アルフレッドはキュンとはどんなものか知っていた。マノンによれば、クラルテは胸の痛みとキュンが関係あるのか確認している……らしいのだが、この状況を端から見ると男女がじゃれ合っているようにしか見えない。
(クラルテ様はご自分が呪われているのを知らないとはいえ、胸が痛むはずでは?)
こうして抱きついている今も胸が痛むはずだ。
婚約者に冷たくされているのに恋人の日に手作りチョコレートを贈り、今もこうして抱きついたりしているクラルテの行動がアルフレッドには理解不能だ。
「あっ、おいアルフレッド! そんな所で見てないで助けろ!」
自分でクラルテを振りほどけないベランジェがアルフレッドに助けを求める。
「いえ、私はそんな野暮なことは致しません」
いつもクラルテの側で仕えているマノンが手を出さずに見守るというなら、アルフレッドはそれを止める権利はないと考えた。
クラルテは照れているように顔を赤くし苦しそうな顔をしながらも抱きしめる腕を離そうとしない。
「クラルテ・ドヌーヴ様、変わったお方ですね」
アルフレッドはベランジェに抱きつくクラルテを見て言葉をこぼす。アルフレッドはクラルテの呪いを解く事は常に考えているが、本人とはあまり話したことがなく人柄もよく分かっていない。アルフレッドはこの一件でクラルテが婚約者に冷たくされて伏せっているだけの女性でないことを理解した。
「分かった。話をしよう。話し合わせてくれ」
どのくらいの時間をやっていたのだろうか。永遠に続くようなクラルテとベランジェのじゃれ合いはベランジェの打開案を聞き入れてもらうことになり終わった。
クラルテはベランジェから離れ、話し合うため一緒に執務室へ入っていった。
マノンとアルフレッドは執務室のドアを少しだけ開け、部屋の外から聞き耳を立てている。
「貴方も聞き耳ですか?」
「あたしはクラルテ様が心配だからです。……それとお二人の仲が気になるからです」
アルフレッドは友人の恋を応援するようなマノンにふと笑みをこぼす。
「考える事は一緒のようですね」
二人は部屋にいるクラルテとベランジェに集中する。
「何故こんなことをしたんだ」
ベランジェは部屋に入るなり、クラルテへ責める言葉をかける。「体調が悪くなったらどうするんだ?」という言葉は続けなかった。
クラルテの瞳からぽろぽろと涙がこぼれる。クラルテは泣き出してしまい、ベランジェは質問に答えそうにないクラルテに構わず言葉を続ける。
「もう部屋へ帰って休め」
ベランジェはクラルテを部屋から出そうと腕を掴もうとして手を伸ばす。
「嬉しいの」
クラルテがポツリとつぶやく。クラルテを追い出そうと伸ばす手が止まる。
「久しぶりにちゃんとベランジェに会えて声が聞けて、わたしを見て話してくれてるのが嬉しいの」
さらに瞳から涙をこぼす。
「ずっとずっと寂しかったの」
クラルテは声をしゃくり上げてこぼれる涙を手で拭う。ベランジェは何もできず泣いているクラルテを見つめている。
ベランジェはこの屋敷に来てからはクラルテと口を利かないように、顔を合わせないようにしていた。
今すぐ涙を拭いてあげたい、この腕で抱きしめたい。
しかしそれをすればクラルテは呪いによって苦しむことになってしまう。
(どうすればいいんだ……)
昨日ベランジェは嫉妬でクラルテへキスをしてしまった。それにより今まで我慢していたクラルテへの感情があふれ出し、もう我慢することができなくなっていた。
ベランジェが立ち尽くしているとクラルテはベランジェの名前を呼び、涙声で話し出す。
「ベランジェ、お願いがあるの。わたしが作る料理を食べてほしいの」
今まで食事はアルフレッドが作っていた。ベランジェが一緒に過ごせない顔を合わせないというなら、料理を食べてる間だけでも思い出してほしい。そう思い、ベランジェへ毎日の食事作りをしたいとお願いをした。
「わかった」
どんなお願いをされるかと思い、身構えていたが食事作りと聞いて拍子抜けをする。ベランジェは断る理由もないので快諾する。
「ありがとう」
クラルテは涙で赤くなった青い瞳でベランジェを見つめ笑顔を作る。それを聞いていたマノンとアルフレッドはそっとその場を離れた。
その日の夕食からクラルテが料理を作ることになった。元々食事を作っていたアルフレッドは調理のアシスタントをして一緒に食事を作る。マノンは今までと同じくテーブルセッティング、食材の準備や調理器具の片付けなどを行い、三人での食事作りが始まった。
三人での食事作りが始まり、三日が経った。料理は野菜が多いなど見るからに栄養バランスが考えられているものから、クラルテが故郷で作っていた郷土料理のような素朴なものになった。素朴な料理といっても野菜や豆、肉類などが入り栄養バランスも悪くなかった。
ベランジェはクラルテの故郷の料理を嬉しそうに美味しそうに食べ、クラルテはベランジェのために心を込めて楽しそうに故郷の料理を作る。
時折ベランジェは楽しそうにしている三人の食事作りの様子をこっそり伺っている。
執務室でのある日。ベランジェは面白くなさそうな顔で食事作りの様子をアルフレッドの顔を見ずに呟く。
「楽しそうだな」
「楽しいですよ」
一人だけ食事作りの輪に入れないベランジェはアルフレッドを睨む。アルフレッドは睨まれても平然と答え、さらに睨まれる。
「あのお茶しているだけの、うさんくさい医者よりクラルテのそばにいるのはお前の方がマシか」
思い出すだけでもイライラしてくる医者を思い出し、機嫌が悪そうに視線を逸らす。
「王子様の婚約者を取るなど命知らずな事は致しませんので、ご心配なく」
アルフレッドはクラルテと一緒に食事作りをし、優しく可愛らしくベランジェ思いな一面を知る。しかし合理的なアルフレッドはクラルテをどうこうしようなど全く考えた事もない。
「ずっと引っかかっている疑問があるのですが、よろしいでしょうか?」
アルフレッドはずっと疑問に思っていたことをベランジェへ尋ねる。
「ベランジェ様はこの屋敷にクラルテ様と一緒にいらっしゃいましたね。文献のように相手のために離れることは考えなかったのですか?」
普通は相手を傷つけないために誰でも考える事だ。一緒にいれば傷つけると分かっているのにどうして一緒にいる事を選んだか聞きたかった。
「考えたが、俺のせいで呪われたクラルテを一人にはできない」
クラルテは一人で呪いの恐怖に耐えなければならないのか。恐怖に耐えるだけで何もできず、呪いと迫り来る死を受け入れなければいけないのか。
そう考えずともベランジェはクラルテを孤独にさせたくなかった。
「それに、クラルテが言ったんだ。プロポーズの言葉で何と言われたら嬉しいか尋ねた事があった。クラルテは”ずっと一緒にいてほしい”と答えた。大聖堂で話をした時もそう言っていた。俺はプロポーズの言葉として生涯それを守る事を約束し伝えた」
「わかりました」
アルフレッドは納得し、話してくれた感謝を伝える。
「話してくださり、ありがとうございます。ベランジェ様が選んだのはクラルテ様と一緒にいること、クラルテ様は料理で気持ちを伝えること。私はお二人の愛情深さを尊敬します」
今している事が最善の方法かは分からない。アルフレッドは呪いを解く解決策を見つけることを固く決意する。
「文献に書かれてる王と王妃は相手を思い離ればなれになり、王妃は寂しい思いをしてそのままお亡くなりになりました。今のお二人は文献と違うことをしています。結果が変わる可能性があり、違うことをしているというのは良いことだと思います」
何をしたらいいのかも分からない中、何かをしなければならない。アルフレッドの言葉はベランジェにとって少しの慰めになった。
「そういえばクラルテ様はあの一件以外は最近寝込んでいないとおっしゃっていました。今日もお元気でしたよ」
アルフレッドが食事作りでのクラルテの様子を話す。
「そうか。そうならば以前のように全く関わりを持たないより、この間接的な接し方がいいのかもしれないな」
ベランジェは笑みをこぼす。体調が悪くなっていないと知って安心する。このままクラルテが良くなることを願う。
「クラルテ様、お加減はいかがですか?」
マノンはお茶とお菓子を持ってきてくれた。
「昨日、倒れたクラルテ様をお部屋へ運んだ後、ベランジェ様がずっとついていてくださったのをご存じですか?」
「あ……」
目が覚めた時、ドアが閉まる音がしたような気がした。それはベランジェが部屋から出て行ったドアの音だったのかもしれない。
「ベランジェ様はクラルテ様を心配してずっとついていたんですよ」
「そうだったの。後でお礼を言わないといけないね」
聞いてくれるかは別としてお礼を伝えたかった。それと冷たい態度を取っているのにどうして隠れるように優しくしてくれるのだろう。
(それに、昨日のキスも……)
思い出すとまた顔が赤くなってきた。
「うっ……!」
また胸が痛み出す。
「大丈夫ですか?」
マノンはクラルテの背中をさする。
「どうして?」
なぜ胸が痛むのか。なぜベランジェの事を考えると連動するように胸が痛むのか。クラルテにとって初めてのキス。どうしても意識して考えてしまう。
「もう少しお休みになっていた方がよろしいですね」
クラルテはベッドで昼食まで伏せっていた。
クラルテは午前中、ベッドで横になりながら考えていたことをマノンに話す。クラルテはベッドから身体を起こして、マノンに聞いた。
「好きな人のことを考えて胸が痛くなることってある?」
本当は「キスされて胸が痛くなることはある?」と聞きたかった。ベランジェにキスされたと話すのが照れて話せず、このような聞き方になった。
マノンは「う~ん」とうなりながら考える。
「恋の病のことですか? 痛くなるというよりキュンですかね」
「恋の病……。キュン?」
クラルテには恋の病という発想がなかった。マノンからキュンとも言われ思ってもみない答えが返ってきて目を丸くする。そういえばロズリーヌがお見舞いに来てくれた時に学院の話をしてくれた時に使っていた言葉だ。
「あたしはよく分からないんですけど、相手を好きー! と思って、幸せキュンみたいですよ」
先日ロズリーヌがお見舞いに来てくれて一緒にお茶をした時にプロポーズを見守ってキュンしたと話してくれた。それと同じキュンだろうか。
「そのキュンとは、わたしの胸の痛みとは関係ないかな」
幸せと胸を締め付ける苦しい痛み。正反対で結びつかない。
「ベランジェ様を思って胸が痛いのならキュンですかね? なんで痛い。むむむ……」
マノンも同じ事を思っているようだ。クラルテが好きな人を想うのならばキュンだと思うが、実際の胸の痛みになるのが分からない。
突然、マノンが突拍子もないことを言い出す。
「愛し合っているお二人なのに」
(愛し合っている……?)
「マノンからはそう見えるの?」
「はい!」
マノンは満面の笑みで答える。
マノンはクラルテに仕えてからずっと二人を相思相愛と思っている。マノンはクラルテがベランジェに冷たくされている場面はマノンの仕事をしていて見ていなく、クラルテはマノンにそれを話していない。ベランジェがクラルテと顔を合わすことが少なくても大切に思っていることを知っている。
「本当に?」
「もちろんです」
念押しして聞いても同じ答えが返ってきた。
クラルテはベランジェと出会ってから婚約パーティーまでのことを思い出していた。
はじめは王子様と知って驚いたが、ベランジェが迎えに来てくれたこと、プロポーズしてくれたこと、王都でデートをした時のこと、婚約パーティーで言ってくれたこと。全部が幸せだった。
またあの頃に戻りたい。
また幸せな記憶を思い出し、胸を痛ませる。痛みは弱いが、昨日の痛みと同じく締め付けるような痛みだ。
「わたし、胸の痛みがキュンかどうか確かめてみる」
「ええっ! クラルテ様、お身体は大丈夫なんですか?」
マノンは倒れてしまったのを心配している。
「どうなるか分からない、また倒れてしまうかも……。でも確かめたいの」
クラルテはどうしても胸の痛みが何なのか確かめたかった。
ベランジェは執務室で仕事をしている。クラルテは一人で部屋へ入っても前回の恋人の日のときのように、ほとんど口を聞いてもらえずに追い出されてしまうと考えた。
マノンが協力すると申し出てくれたので、ベランジェを執務室の外へ呼び出してもらうことをお願いした。
マノンがベランジェと共に執務室から出てきた。クラルテは隣の部屋に隠れ、ドアの隙間から様子をうかがっている。ベランジェの後ろ姿が見える。
「先程から訳が分からないことを言って、何の用なんだ?」
「えーとですね、あの……。そのーー」
マノンはベランジェを呼び出す事しか考えてなく、言いよどむ。ベランジェはハッキリしないマノンに意識がいっている。クラルテはチャンスと思い、ベランジェに後ろから抱きついた。
「……! クラルテか!? 何をやってるんだ!」
ベランジェはクラルテにいきなり抱きつかれて驚く。また倒れられては困ると思い、クラルテを振りほどこうとする。クラルテは胸が締め付けられて苦しそうな表情をするが、ベランジェを離そうとしない。
「キュンなの? 違うの?」
クラルテは今度は正面からベランジェに抱きつく。離さないと言うように強くベランジェを抱きしめる。
(んっ……!)
クラルテはベランジェの男性らしい身体を感じ、自分から抱きつくという大胆な行動で顔を真っ赤にする。
確認するとはいえ、大胆なことをしているクラルテ。胸がドキドキと興奮して、キュンなのか痛くて苦しいのか分からなくなっている。苦しくてもベランジェから離れたくなくてしっかりと抱きしめている。
「何を言っているんだ、離れろ!」
ベランジェはクラルテを引き剥がそうとするが、全く離れない。これ以上抱きつかれてはクラルテに心音を聞かれ、鼓動を早くしているのに気づかれてしまう。
(ぐっ……!)
ベランジェは必死に抱きついて離れないクラルテを可愛いと思い、抱きしめ返したくなる。そんなことをすれば、またクラルテが倒れてしまうかもしれない。それにここで抱きしめてしまったら、今まで呪われてしまったクラルテを救おうと冷たくしてきたのが無駄になってしまう。
そこへアルフレッドが通りかかる。クラルテが強引にベランジェに抱きついているのが目に入り、言葉を失いメガネがずれる。
何故クラルテは冷たくされている相手に抱きついているのか。何がどうなってこのような状況になったのか検討がつかない。アルフレッドはあたふたとしながらクラルテを見守っているマノンに尋ねる。
「お二方は何をしているのです?」
「クラルテ様が胸の痛みをキュンかどうか確かめているんです」
「はあ?」
マノンに問いかけるとアルフレッドは思いもしない答えに素の反応で答えてしまう。何をどう思い、その行動をすることになったのだろうか。
キュンとは最近、主に学院生が使っている胸がときめいた時に使う言葉だ。アルフレッドはキュンとはどんなものか知っていた。マノンによれば、クラルテは胸の痛みとキュンが関係あるのか確認している……らしいのだが、この状況を端から見ると男女がじゃれ合っているようにしか見えない。
(クラルテ様はご自分が呪われているのを知らないとはいえ、胸が痛むはずでは?)
こうして抱きついている今も胸が痛むはずだ。
婚約者に冷たくされているのに恋人の日に手作りチョコレートを贈り、今もこうして抱きついたりしているクラルテの行動がアルフレッドには理解不能だ。
「あっ、おいアルフレッド! そんな所で見てないで助けろ!」
自分でクラルテを振りほどけないベランジェがアルフレッドに助けを求める。
「いえ、私はそんな野暮なことは致しません」
いつもクラルテの側で仕えているマノンが手を出さずに見守るというなら、アルフレッドはそれを止める権利はないと考えた。
クラルテは照れているように顔を赤くし苦しそうな顔をしながらも抱きしめる腕を離そうとしない。
「クラルテ・ドヌーヴ様、変わったお方ですね」
アルフレッドはベランジェに抱きつくクラルテを見て言葉をこぼす。アルフレッドはクラルテの呪いを解く事は常に考えているが、本人とはあまり話したことがなく人柄もよく分かっていない。アルフレッドはこの一件でクラルテが婚約者に冷たくされて伏せっているだけの女性でないことを理解した。
「分かった。話をしよう。話し合わせてくれ」
どのくらいの時間をやっていたのだろうか。永遠に続くようなクラルテとベランジェのじゃれ合いはベランジェの打開案を聞き入れてもらうことになり終わった。
クラルテはベランジェから離れ、話し合うため一緒に執務室へ入っていった。
マノンとアルフレッドは執務室のドアを少しだけ開け、部屋の外から聞き耳を立てている。
「貴方も聞き耳ですか?」
「あたしはクラルテ様が心配だからです。……それとお二人の仲が気になるからです」
アルフレッドは友人の恋を応援するようなマノンにふと笑みをこぼす。
「考える事は一緒のようですね」
二人は部屋にいるクラルテとベランジェに集中する。
「何故こんなことをしたんだ」
ベランジェは部屋に入るなり、クラルテへ責める言葉をかける。「体調が悪くなったらどうするんだ?」という言葉は続けなかった。
クラルテの瞳からぽろぽろと涙がこぼれる。クラルテは泣き出してしまい、ベランジェは質問に答えそうにないクラルテに構わず言葉を続ける。
「もう部屋へ帰って休め」
ベランジェはクラルテを部屋から出そうと腕を掴もうとして手を伸ばす。
「嬉しいの」
クラルテがポツリとつぶやく。クラルテを追い出そうと伸ばす手が止まる。
「久しぶりにちゃんとベランジェに会えて声が聞けて、わたしを見て話してくれてるのが嬉しいの」
さらに瞳から涙をこぼす。
「ずっとずっと寂しかったの」
クラルテは声をしゃくり上げてこぼれる涙を手で拭う。ベランジェは何もできず泣いているクラルテを見つめている。
ベランジェはこの屋敷に来てからはクラルテと口を利かないように、顔を合わせないようにしていた。
今すぐ涙を拭いてあげたい、この腕で抱きしめたい。
しかしそれをすればクラルテは呪いによって苦しむことになってしまう。
(どうすればいいんだ……)
昨日ベランジェは嫉妬でクラルテへキスをしてしまった。それにより今まで我慢していたクラルテへの感情があふれ出し、もう我慢することができなくなっていた。
ベランジェが立ち尽くしているとクラルテはベランジェの名前を呼び、涙声で話し出す。
「ベランジェ、お願いがあるの。わたしが作る料理を食べてほしいの」
今まで食事はアルフレッドが作っていた。ベランジェが一緒に過ごせない顔を合わせないというなら、料理を食べてる間だけでも思い出してほしい。そう思い、ベランジェへ毎日の食事作りをしたいとお願いをした。
「わかった」
どんなお願いをされるかと思い、身構えていたが食事作りと聞いて拍子抜けをする。ベランジェは断る理由もないので快諾する。
「ありがとう」
クラルテは涙で赤くなった青い瞳でベランジェを見つめ笑顔を作る。それを聞いていたマノンとアルフレッドはそっとその場を離れた。
その日の夕食からクラルテが料理を作ることになった。元々食事を作っていたアルフレッドは調理のアシスタントをして一緒に食事を作る。マノンは今までと同じくテーブルセッティング、食材の準備や調理器具の片付けなどを行い、三人での食事作りが始まった。
三人での食事作りが始まり、三日が経った。料理は野菜が多いなど見るからに栄養バランスが考えられているものから、クラルテが故郷で作っていた郷土料理のような素朴なものになった。素朴な料理といっても野菜や豆、肉類などが入り栄養バランスも悪くなかった。
ベランジェはクラルテの故郷の料理を嬉しそうに美味しそうに食べ、クラルテはベランジェのために心を込めて楽しそうに故郷の料理を作る。
時折ベランジェは楽しそうにしている三人の食事作りの様子をこっそり伺っている。
執務室でのある日。ベランジェは面白くなさそうな顔で食事作りの様子をアルフレッドの顔を見ずに呟く。
「楽しそうだな」
「楽しいですよ」
一人だけ食事作りの輪に入れないベランジェはアルフレッドを睨む。アルフレッドは睨まれても平然と答え、さらに睨まれる。
「あのお茶しているだけの、うさんくさい医者よりクラルテのそばにいるのはお前の方がマシか」
思い出すだけでもイライラしてくる医者を思い出し、機嫌が悪そうに視線を逸らす。
「王子様の婚約者を取るなど命知らずな事は致しませんので、ご心配なく」
アルフレッドはクラルテと一緒に食事作りをし、優しく可愛らしくベランジェ思いな一面を知る。しかし合理的なアルフレッドはクラルテをどうこうしようなど全く考えた事もない。
「ずっと引っかかっている疑問があるのですが、よろしいでしょうか?」
アルフレッドはずっと疑問に思っていたことをベランジェへ尋ねる。
「ベランジェ様はこの屋敷にクラルテ様と一緒にいらっしゃいましたね。文献のように相手のために離れることは考えなかったのですか?」
普通は相手を傷つけないために誰でも考える事だ。一緒にいれば傷つけると分かっているのにどうして一緒にいる事を選んだか聞きたかった。
「考えたが、俺のせいで呪われたクラルテを一人にはできない」
クラルテは一人で呪いの恐怖に耐えなければならないのか。恐怖に耐えるだけで何もできず、呪いと迫り来る死を受け入れなければいけないのか。
そう考えずともベランジェはクラルテを孤独にさせたくなかった。
「それに、クラルテが言ったんだ。プロポーズの言葉で何と言われたら嬉しいか尋ねた事があった。クラルテは”ずっと一緒にいてほしい”と答えた。大聖堂で話をした時もそう言っていた。俺はプロポーズの言葉として生涯それを守る事を約束し伝えた」
「わかりました」
アルフレッドは納得し、話してくれた感謝を伝える。
「話してくださり、ありがとうございます。ベランジェ様が選んだのはクラルテ様と一緒にいること、クラルテ様は料理で気持ちを伝えること。私はお二人の愛情深さを尊敬します」
今している事が最善の方法かは分からない。アルフレッドは呪いを解く解決策を見つけることを固く決意する。
「文献に書かれてる王と王妃は相手を思い離ればなれになり、王妃は寂しい思いをしてそのままお亡くなりになりました。今のお二人は文献と違うことをしています。結果が変わる可能性があり、違うことをしているというのは良いことだと思います」
何をしたらいいのかも分からない中、何かをしなければならない。アルフレッドの言葉はベランジェにとって少しの慰めになった。
「そういえばクラルテ様はあの一件以外は最近寝込んでいないとおっしゃっていました。今日もお元気でしたよ」
アルフレッドが食事作りでのクラルテの様子を話す。
「そうか。そうならば以前のように全く関わりを持たないより、この間接的な接し方がいいのかもしれないな」
ベランジェは笑みをこぼす。体調が悪くなっていないと知って安心する。このままクラルテが良くなることを願う。