呪われた村娘は王子様から溺愛されて死を選ぶ

これからの希望と消失

 今日は天気が悪い。朝から黒い雲が空を覆っている。もしかしたら雨が降るかもしれない。そのなかフィルはクラルテを訪ねてきた。まだ雨は降っていないので、二人はいつものガゼボでお茶を始めた。
 お茶を始めてすぐ、フィルはいつもと違うクラルテの様子に気づく。
 「今日は表情が明るいね。何か楽しいことでもあったの?」
 「楽しいことというか、なんと言うか」
 クラルテは照れたように口ごもる。フィルがクラルテと出会ってから一番明るい表情をしている。
 先日、ベランジェに抱きついていたことを楽しかったと言っていいのか言葉に迷う。それとベランジェのための毎日の食事作りが楽しい。
 ベランジェに一方的に抱きついて胸の締め付けるような痛みを感じたが、久しぶりの好きな人のぬくもりが幸せだった。しかしそれをフィルに伝えるのは恥ずかしくて言えなかった。
 「最近は寝込むことがなくなって、前より体調が良いからお料理も作れるようになったのよ」
 料理はマノンとアルフレッドの三人で作っている。料理を作っている時にベランジェの様子や雑談をしながら作れて良い気分転換になっている。何よりベランジェの様子を聞けるのが嬉しかった。
 「そうなんだね。それはよかった。いつかクラルテちゃんの手料理を食べてみたいな」
 話が途切れ、沈黙になる。クラルテの表情は明るくなったが、不安そうな顔をしている。
 「フィルさん、初めて会った時から何回か会ってるよね。フィルさんとのお話は楽しいんだけど、わたしの病気の治療法は見つかった?」
 フィルは申し訳なさそうに黙って下を向く。
 「そっか……」
 クラルテは表情を曇らせる。ため息交じりに出た言葉で納得する。クラルテは話を続ける。
 夏だというのに冷えた風が吹く。雲がさらに暗く厚くなってきた。
 クラルテは辛そうな顔をする。治療もなく薬も飲んでいない。ただ環境の良い場所で療養しているだけだ。先日病気の胸の痛みがキュンかどうかベランジェに抱きついて確認したがハッキリと答えを出せなかった。クラルテは何も治療法がない不治の病なのかと薄々そう感じるようになっていた。
 「僕からは何とも……」
 フィルは顔を伏せ暗い表情を見せる。フィルが暗い表情をしているのが答えと思い、クラルテは肯定と捉える。
 「あ、雨……!」
 給仕のためそばで立っているマノンが空を見上げ手をかざす。雨が降り出してきた。大粒の雨が強く降ってくる。
 「あたし、傘取ってきますね」
 マノンは走って屋敷に向かった。強い雨音がするガゼボにクラルテとフィルは二人きりになった。クラルテはフィルへ伝えたかったことを話し出す。
 「フィルさんに伝えたいことがあるの」
 フィルは目線だけをこちらへ向ける。
 「覚えてるかな? 以前にフィルさんが悲しい思いをしてまでベランジェと一緒にいる意味あるのかと言ってくれたね。わたしなりの答えが出たの」
 「聞かせてくれるかな?」
 雨音が強くて声が聞こえにくい中、クラルテはハッキリとフィルへ伝える。
 「わたしはベランジェが好き。心が離れてしまったと思ったけど、少しだけ近くに感じられるようになったの」
 口元を緩め、嬉しそうに話す。
 クラルテは食事作りで間接的にベランジェと繋がっている。マノンやアルフレッドからベランジェが食事を喜んで美味しく食べていたと聞くと嬉しくなる。クラルテは以前より幸せを感じている。
 クラルテはこのまま冷たくされるのならば、胸が痛みながらも幸せを感じたいと思うようになった。そう思えたことで以前より気持ちが楽になり前向きになった。
 「胸の痛みは良くならなくて、さらに悪化していくかもしれない。それでもいいの?」
 フィルが問いかける。クラルテは覚悟を決めるように間を開けて、フィルからの問いに答える。
 「悲しい思いをして少しだけ長生きするより、愛されてたという気持ちを大切にしていきたい」
 クラルテはテーブルの下で輝く婚約指輪に目を落とす。ベランジェにもこの気持ちを伝えたいと思い、今日は婚約指輪を付けている。
 マノンが言っていた事を思い出す。ベランジェが捨てたはずのギフトボックスを大切に持っていたこと、倒れた時に目が覚めるまで傍にいてくれたこと。
 マノンだけの言葉だけではない。クラルテがベランジェへ抱きついた時に振りほどかなかったこと。ベランジェならば無理矢理振りほどくことができただろう。クラルテはそうしなかったベランジェを嬉しく思う。
 出会ったとき、プロポーズをしてくれたとき、デートをしたとき、婚約パーティーのあのときーー。
 当時も今も思い出すだけで胸がドキドキとときめく。そして今はドキドキとさせるクラルテの胸を苦しく締め付けている。
 ベランジェが以前と変わってしまった理由は分からないが、クラルテはベランジェの愛を信じることを心に決めた。
 フィルはゆらりとクラルテの前に立つと影を作り、糸目で見せることがなかった赤い目を光らせる。
 「キミは僕が会った中で一番愚かな人間のようだね」
 フィルにそう言われた瞬間、クラルテの目の前が真っ暗になった。
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