呪われた村娘は王子様から溺愛されて死を選ぶ

真相と悪夢と

 クラルテは埃っぽいベッドの上で目が覚める。薄暗い室内で目に入ったのは知らない天蓋と知らないインテリア。ベランジェの城にあるクラルテの部屋に似ているが、全く別の部屋だ。
 身体を起こすと古いカーテンが目に入る。カーテンは風化したように破れている。ベッドサイドには高価そうな置き時計があるが時間は止っている。
 部屋はどこも埃っぽく、長期間使用していない客室のようだ。
 クラルテはベッドを降りて窓へ近づき外を覗く。窓の外は曇っている。外は暗く、昼なのか夜なのか分からない厚く黒い雲が空を覆っている。城の外は荒れ果てた荒野だ。
 「ここはどこ?」
 全く知らない場所で目が覚めて焦りと恐怖を感じる。クラルテはここに来る前の事を思い出す。
 確かフィルといつものお茶をしていた。話していた内容はこれからもベランジェの傍にいることを選び伝えた。冷たくされているのにベランジェからの愛情を感じた。なぜ矛盾していることをしているのか分からないが、クラルテはベランジェの愛情を信じたいと伝えた。そこからの記憶がなく、ここにいる。
 クラルテは手がかりを探そうと室内を調べていると部屋のドアが開かれた。頭からつま先まで真っ黒な衣装を着た男性が部屋へ入ってきた。初対面の人物に困惑しているクラルテを気にせず黒い男性は話し出す。
 「誰も助けに来ないよ」
 「え?」
 いきなり否定され、クラルテは面食らう。
 「知ってるでしょ? 魔術王の話。ベランジェはその国の王子。来るわけがない」
 黒い男性が話す言葉は淡々として冷たく、全てを否定していく。
 「あなたは誰? いきなり何の話なの?」
 「ああ、そっか。この姿で会うのは初めてだったよね。この姿なら分かるでしょ?」
 黒い男性は黒い霧の中で姿を変える。その姿はクラルテと仲良くしていた東洋の医者、フィルの姿に変わった。
 「!」
 クラルテは口を両手で押さえ、声を飲み込む。クラルテが認識したのを知り、黒い男性の姿に戻ってクラルテへ自己紹介を始める。
 「申し遅れました。僕はレノーレジスと申します。僕を知る人物は魔術王と呼ぶけどね」
 「え……」
 かつての王妃を呪い、王を倒した魔術王が目の前にいる。信じられない光景に驚きすぎて何も言葉が出てこない。
 「何故僕が君の前に現れたのかも分かってないみたいだね。キミは何も知らないようだから、最初から説明してあげるね」
 レノーレジスはクラルテの周りを歩きながら、事の真相を話し出す、
 「どうして僕がキミの前に現れたか。それはキミが王子から愛されたからだよ」
 「わたしが、ベランジェから愛されたから?」
 状況も何も分かっていないクラルテはそのまま言葉を返す。結論を言われても理解できていない。レノーレジスはクラルテに分かるように最初から話し始めた。
 「事の始まりはレスプラォンディール王家に男児が生まれたことだ。どうしてレスプラォンディール王家は女が多いと思う? 祈祷しているからだよ。男が生まれて王位を継いで僕に倒されたらどうする。歴史を繰り返してしまう恐怖から女が生まれるように祈祷をしている」
 ロズリーヌが親戚は姉妹ばかりと言っていたのを思い出す。偶然ではなかったことを知る。
 「女ばかりだった王家に生まれた男児は成長して僕を倒そうと何度も挑んできた。ずっと苛ついていた。僕に刃向かう王子が目障りで早く始末したかった。王子はかつての王のように自分の命は惜しくないみたいだからね。僕を倒そうと南にある小さな村まで追いかけてくるし」
 「南にある小さな村……。わたしの故郷の村!? 害獣ってあなたの事だったのね!」
 ベランジェが”害獣駆除”と言っていたのを思い出す。森の動物が好きでよく眺めていたクラルテは害獣など見たことがなかったので、ずっと頭の中で引っかかっていた。
 「害獣とはひどいな。僕は傷付きやすいんだよ」
 言葉とは裏腹にレノーレジスは気にせず話しを続ける。
 「そこで王子はキミと出会った。その王子が結婚しようとしてるなんて、絶好のタイミングでしょ? 婚約パーティー後、祝いの言葉を伝えに行ったよ。その時にキミを呪わせてもらった。二人を祝う最高の贈り物。かつて僕に倒された王と同じ倒され方をするのだからね」
 「わたしがベランジェの婚約者だから伝説の呪いで呪ったの?」
 「ただの婚約者ではこの呪いは使えない。キミが王子に溺愛されたから。話を知ってるでしょ? 二人が愛し合い溺愛するほどの深い愛が悲しみを与える。王子は愛しているのに何もできずキミを失い、キミは愛している男に冷たくされ相手にされず、ひとり寂しく孤独に息を引き取る」
 「ベランジェが今までわたしに冷たくしてたのは呪いのせい?」
 「そうだよ。愛する者からの愛。それを苦痛に変えた。キミは婚約パーティー以降から胸が痛むようになったでしょ? それは僕の呪いのせいだよ」
 ベランジェに嫌われた訳ではない、病気ではなかった安堵感と胸の痛みは呪いから来るという恐怖感。呪いを解く方法はかけた本人以外は誰も知らない。
 「キミは王子が助けに来ると思ってる?」
 「え……?」
 頭の中がいっぱいで考える余裕がなかった。
 「来てどうする? わざわざ己の無力さを知り倒されに来る? もし王子が倒されたらどうする。国民はもう何もやる気を起さないだろうね。そんな攻め入りやすい国を放っておくと思う? 王子の国は陥落して僕の第二の国ができるだけだ」
 「そんな……」
 クラルテは信じられないと言ったように言葉を続けることができない。
 ベランジェが倒され、国が滅ぼされる。受け入れがたい事が次々と頭の中へ入っていく。
 「キミは王子に見捨てられた。彼は王子という立場を取った。キミは大人しくここでじっとしているのが賢いと思うけどね」
 レノーレジスはベランジェが助けに来ないという事を決まっているように話す。
 「それにキミの命は短いんだ。王子に見捨てられたキミの身体はどんどん弱っていく。いずれベッドから起き上がれなくて、寝たきりになる。キミは誰にも愛されずに孤独に死ぬんだよ」
 レノーレジスはクラルテの顎を持ち、上を向かせて赤い冷たい瞳で見下ろす。
 「キミは無力だ。キミができることは何もない。愛する男に見捨てられ、ここで一人孤独に死ぬことしかできないんだよ」
 クラルテは言われた言葉の強さに頭をグラつかせる。言葉を否定するようにレノーレジスの手を振り払い、睨みつける。
 「もし死ぬまで暇だったらお茶くらいしてあげてもいいよ」
 レノーレジスはショックで立ち尽くすクラルテを気にせず部屋を出て行った。

 レノーレジスが部屋から出て行き、しばらく放心状態だったクラルテは一人で窓から昼も夜もない雲で覆われた暗い空を眺めている。
 ベランジェが助けに来ないということは見捨てられたということーー。
 レノーレジスの言葉が頭の中で繰り返される。最悪なことばかり考えてしまう。こんな危険な場所に助けに来てほしいとは思えない。もし万が一、倒されてしまったらーー。
 来ないでほしい気持ちと来てほしい気持ちの板挟みになる。クラルテは自分の心をどちらにも傾けられない。
 クラルテはその場にしゃがみ込み、膝を抱える。
 「わたしたち、これで終わってしまうの?」
 不安が胸に押し寄せる。クラルテは婚約指輪を見つめる。呪いで胸がズキズキと痛む。荒く浅い呼吸をしながらベランジェの事を考えている。
 「ベランジェ……」
 右手で婚約指輪を包むように手を握る。
 ベランジェの今までの気持ち、愛情と優しさが記憶から溢れてくる。ずっとずっと今まで愛してくれていた事の嬉しさ、愛されていたという幸福感。
 クラルテはベランジェの本当の気持ちを知り、婚約指輪の意味を思いながら涙を溢れさせる。

 あれからどれくらいの時間が経っただろう。
 クラルテの部屋は見張りをつけられていなかった。クラルテは部屋から逃げ出し、出口を探した。城内には魔術王レノーレジスの信者が多く徘徊しており、隠れるように逃げていてもすぐに見つかってしまった。信者になりすます事もしてみたが、レノーレジスにあっさり見つかってしまった。
 レノーレジスが言った通りに身体が弱り始めているのか、段々と動き回る体力がなくなってきた。クラルテは部屋の中でじっとしている事しかできなくなってきた。
 レノーレジスはあの時以来クラルテの部屋を訪れてはいない。クラルテはずっとひとりで泣いて部屋にいる。昼も夜もない、時計も止っていて時間を確認できない部屋は時が止ったように感じる。最近はよく眠ってしまっているので時間の感覚がない。ここに来て何十分、何時間、何日が過ぎたのだろう。
 クラルテはまた眠くなってきて、まぶたを閉じる。

 ***

 緑が綺麗な暖かな土地。クラルテは懐かしさを覚えながらそこに立っている。見覚えがある小さな教会。その教会で毎日祈っていた。
 教会に人だかりができている。様子を覗きに行くと女性が教会の扉の前で立っている。その女性の前に男性が跪いている。
 この光景を見たことがある。しかしこんな客観的な見え方ではなかった。
 (わたしはここにいるのに、誰にプロポーズをしているの?)
 心拍数が上がり、呼吸が浅く速くなる。身体が動かず、声も出せず止めに入ることもできない。ただ見ていることしかできない。
 クラルテは村人の一人のようにその光景を眺めていると、跪いている男性の顔がハッキリとしてくる。その男性はベランジェだった。
 ベランジェは口を開き、クラルテが嬉しかった言葉を知らない女性へ伝えようとしている。
 (やだ、やめて……。言わないで!)
 クラルテは声に出すことができず、心の中で懇願する。ベランジェは目の前にいる女性に微笑み、愛を伝える。
 「私と結婚してくださいますか?」
 ベランジェは目の前にいる女性にプロポーズをしている。プロポーズをした女性を愛おしそうに見つめている。
 クラルテは信じたくない光景を目の前にして視界が歪む。歪んだ視界はそのまま闇へ消えていき、クラルテは時が止った部屋へと意識を連れ戻される。

 クラルテは椅子に座り、うたた寝をしている瞳をゆっくり開く。瞳からはまた涙を流していた。
 「また、嫌な夢……」
 袖で乱暴に涙を拭う。こんな夢ばかりで辟易してしまっている。
 クラルテは瞳を閉じるといつの間にか眠ってしまっている事が多い。ウトウトとする瞳を閉じてしまい、嫌な夢を見てはいつも泣いている。
 その夢はベランジェが自分ではない女性を愛している夢だ。
 クラルテはレノーレジスにベランジェから見捨てられたと言われ、かなりショックを受けた。そのせいなのか、瞳を閉じるとベランジェが他の女性と一緒にいる夢ばかり見てしまう。
 故郷の村で出会った時、プロポーズをされた時、初デートをした時、婚約パーティーのあの時ーー。
 ベランジェとの幸せな思い出が他の女性とのものにされていく。クラルテなど最初からいなかった、愛していなかったように自分が消されていく。
 ”誰も助けに来ない。愛する男に見捨てられ、ここで一人孤独に死ぬことしかできない”
 レノーレジスに言われた言葉が取り憑かれたように頭の中を支配する。
 (わたしは彼の言葉通りになってしまうの?)
 ここに来た時から何も変わらない、黒くて厚い雲がかかる暗い空を眺める。クラルテは婚約指輪を眺め、ベランジェを想う。
 「わたし、信じてる」
 クラルテは婚約指輪を手で優しく包み、瞳を閉じて祈りを捧げる。
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