呪われた村娘は王子様から溺愛されて死を選ぶ

天使との出会い

 日が出る前の暗い早朝。
 クラルテは春先のまだ冷えた風が吹く自然豊かな村に住んでいる。誰もが顔見知りの村に一人の男性が右足を引きずりながらやってきた。

 男性はチョコレートを溶かしたようなツヤのある茶色の髪、深緑を陽光で透かしたような緑色の瞳。軍服を着て背が高く引き締まった体格をしている。その腰には剣を下げている。整った精悍な顔は痛みに耐えている。
 男性は田舎で寝静まっていて灯りもない村を足を引きずり荒い息づかいで歩いている。その男性は右太ももに怪我を負い、流血している。
 男性は鍵がかかってなく、灯りもついていない小さな教会の中へ入る。早朝で冷えている教会内の奥まで進み、教会の長椅子に座り込む。男性は険しい表情で息を整える。痛む傷口に顔を歪め、静かに目が閉じた。

 ギイィ……。
 教会の扉が開く音がする。男性は目を覚まし、長椅子の影に隠れる。
 「誰かいるの?」
 若い女性の声が呼びかける。
 男性はドアを完全に閉めていなかったのを思い出す。女性は誰かが教会内に入ったのかと思い、もう一度呼びかける。男性は女性の呼びかけに答えず、身を潜めている。
 「動物でも入ったのかな」と言いながら、女性は教会奥へと進む。
 男性は女性に見つからないように身を潜め、隙あらばこのまま教会を出て行こうとする。女性は辺りを見渡しながら男性の近くを通り過ぎる。
 男性は長椅子を挟んで自分の横を通り過ぎる女性の姿を険しい表情で見つめる。
 女性は17、18歳くらいのまだ幼さ残る少女。腰まであるストレートで長いブロンドの髪、服装はブラウスとロングスカートを着ている。
 朝日が昇り、教会内が明るくなっていく。女性は聖台前で立ち止まり、辺りを見渡して教会に入った主を探している。朝日に照らされて輝く青空のような青い瞳、美しく長いブロンドの髪が朝日で輝いている。
 「天使ーー」
 男性は女性に見とれて呟く。その背中に天使の白い羽根が隠れているような気がする。
 少女が背を向け遠ざかっていくと男性は我に返る。美しいとはいえ、普通の少女が天使なわけがない。
 (俺、そこまで怪我が悪いのか?)
 痛みは全く引かずに出血も止まらず傷口からにじみ出ている。傷を受けた直後から症状は何も変わっていない。
 少女がふいに振り返ると目が合ったような気がした。
 朝日を受けて照らされている少女は男性の方を向き、足を進める。
 (見つかったか?)
 男性は身を低くしながら教会を出ようとするが、先回りした少女が男性の目の前に立ち塞がる。
 「みーつけたっ! あなた、こんな所で何してるの? かくれんぼ?」
 大人のような子供ではない、あどけなさ残る少女の可愛らしい顔が男性を見つめる。
 「俺がそんな歳に見えるか?」
 歳は22、23くらいの若い男性は足の痛みを堪えながら見上げている。
 「あっ! 怪我してる。ひどい怪我……。だから隠れてたのね。わたしが手当してあげる」
 少女は持っていたハンカチで男性の傷口を軽く押さえる。男性は痛みに顔を歪める。
 「これ、押さえてて。救急箱を取ってくるわ。待っててね!」
 少女は男性にハンカチを押さえさせる。少女は駆けて教会を出て行き、ご丁寧に鍵をかけて行った。
 鍵をかけられ、男性は教会から逃げるのを諦める。男性はため息を大きく吐く。
 「俺は動物か?」
 動物は怪我をして弱ると身を潜めるためにどこかへ隠れる。男性は動物と同じと少女に言われたように思い自嘲する。
 少女は数分経たずに救急箱を持ってやってきた。男性は手慣れたように手当をする少女に尋ねる。
 「お前は普段から手当をしているのか?」
 「よく森へ行くの。たまに怪我した動物を見かけるから」
 少女は手を動かしながら答える。
 「俺はその動物と同じってわけか」
 「わたしには怪我して弱っている子犬に見えたわ。なんでかな? あなたはわたしより大人でかっこいい人なのに」
 少女は手当を終えて、男性の顔を見るとほのかに頬を染める。
 「悪い気はしないが、弱っている子犬は余計だな」
 「わたし好きよ、子犬」
 男性は大きく息を吐き、少女に向き直る。
 「ありがとう。礼は必ずする。お前の名前は?」
 「クラルテです。クラルテ・ドヌーヴ。あなたは?」
 「ベランジェ・クュール・レスプラォンディール。この名前に覚えはないか?」
 クラルテは数秒考えて「知らないわ。初めて聞く名前よ」と笑顔で答える。
 「そうか」
 ベランジェはクラルテへ柔らかな笑みを浮かべる。

 クラルテは救急箱を家に置いてくる代わりに朝食のパンとジャムをバスケットに入れて再び教会へ戻ってきた。
 教会内にベランジェがいなかった。ベランジェがいた長椅子に剣とマントが置かれている。クラルテはベランジェがここから出て行っていなくて安心する。
 クラルテは辺りを探そうと教会の裏庭を探しに行く。

 教会の裏庭には一本の木がある。ベランジェは怪我をしているというのに10メートルくらいある木に登っていた。
 「ベランジェ、何してるの?」
 「子猫が木から下りれなくなっていた」
 ベランジェの腕の中には小さい子猫が顔をのぞかせている。ベランジェは怪我をしているのに、ひょいと木から飛び降りる。飛び降りて痛めた足をおさえる。
 クラルテに歩み寄る足は引きずっていない。痛みはひどくないようだ。
 クラルテが気配を感じて後ろを振り返ると、母猫らしき猫が距離を開けてこちらをじっと見つめている。子猫はベランジェの腕の中から飛び出し、母猫の元へ駆け寄って二匹で裏庭を出て行った。
 「怪我してるのに、子猫を助けるなんて優しくて素敵な人ね」
 「鳴き声がうるさかっただけだ」
 クラルテが微笑んで言うとベランジェは顔をそらしてぶっきらぼうに呟く。
 「朝食持ってきたの。一緒に食べよ! ベランジェは甘いもの好き? わたしが作ったイチゴジャム美味しいのよ」
 世話焼きなのか、クラルテはベランジェのために朝食を持ってきた。ベランジェは優しげな笑顔につられて微笑む。
 「そうか。楽しみだ」
 二人は教会の裏庭にあるベンチに座り、クラルテが持ってきたパンにイチゴジャムを付けて一緒に朝食を食べる。
 朝食のパンを食べ始めると、クラルテは気になっていた事をベランジェへ話し出す。
 「ベランジェはこの村の人じゃないでしょ? この村へ何をしに来たの?」
 小さな村なので、顔見知りしかいない。洗練された雰囲気がある見慣れない顔のベランジェの事が気になり尋ねる。
 「話せば長いんだが。害獣駆除と言ったところか。この村の近くにある森の奥に害獣が現れたとの情報があった」
 「ベランジェはその害獣を退治しに来たのね。あの森にはたまに行くけど、害獣には会ったことないわ」
 「安心した。害獣は狡猾だからな。可愛い動物以外は気をつけろよ。特に俺以外の男はな」
 「この村にわたしと同い年くらいの男性はあまりいないわ」
 男性に気をつけろと言われても、年頃の男性とあまり話したことがないので、何に気をつけるのかが分からない。
 すでに恋人がいたり、他の女性と仲良くしていたり。気づいた時には同い年くらいの男女は恋人がいる状態になっていた。
 「俺からも質問するぞ。恋人はいるか?」
 「いないよ」
 「好きな人はいるか?」
 クラルテはチラッとベランジェを見つめると顔を赤らめて視線をそらす。
 「う~ん。秘密」
 クラルテは照れ隠しのようにパンを早食いする。
 (分かりやすいな)
 ベランジェにとってクラルテの反応が新鮮に見える。
 「もし俺がクラルテへプロポーズをしたら、こたえてくれるか?」
 「えええっ! ごほごほっ……」
 クラルテは耳まで真っ赤にして驚く。照れ隠しで早食いしていたパンを喉に詰まらせる。ベランジェはクラルテの背中をさすり、自分が飲んでいるグラスを手渡し、クラルテは水を飲み干す。喉の詰まりは取れたようだ。
 「例えばの話だ」
 「例えばなんだ。ベランジェは誰かにプロポーズするの?」
 「その機会ができるかもしれないな」
 「そうなんだ……」
 クラルテは寂しそうな顔をする。
 (分かりやすいな)
 ベランジェはクラルテに対して再び同じことを思う。ベランジェの周りの女性はクラルテのような反応をほぼしない。
 「一人の女性としてアドバイスを聞きたい。クラルテはプロポーズでどんな言葉を言われたら嬉しいか教えてくれ」
 複雑な表情をしながら渋々うなずく。プロポーズなど言われたことも直接見たこともなく、頭の中になるぼんやりとしたイメージだけでは答えられなかった。
 「プロポーズに何を言うのかも分からないわ」
 「俺と結婚してくれますか?」
 「ベランジェ、わたしをからかっているでしょ!」
 クラルテは真っ赤になって照れて怒っている。ベランジェにとって全く怖くなく、可愛いという印象しかない。
 「さすがに分かるか」
 ベランジェはくく、と喉を鳴らして笑う。クラルテは一瞬でも勘違いしてしまった自分を恥ずかしく思い口ごもる。
 クラルテは黙ったまま、朝食のパンを食べている。そんなに怒らせてしまったかと思い、ベランジェはかける言葉を探しているとクラルテの方から口を開く。
 「わたしは、ずっと一緒にいてほしい。かな。プロポーズの言葉に合ってるか分からないけど、そう言ってほしいかな」
 クラルテはポツリと言葉をこぼす。黙っていたクラルテは先程のプロポーズの言葉を考えていたようだ。
 去年、クラルテは唯一の肉親の父も亡くなってしまい、一人になってしまった。村の人はいい人たちばかりで優しくて気にかけてくれているが、クラルテの近くには誰もいなくて孤独を感じている。
 クラルテは可能ならば寂しかった気持ち以上、一緒にいたいと思った。
 「ずっと一緒か、悪くないかもな」
 ベランジェは微笑むと最後の一口を口に入れる。

 朝食を食べ終えて、教会内へ戻ってきた二人。クラルテの手当てのおかげか、怪我の痛みは治まってきた。ベランジェは身支度を整えてクラルテへ別れを告げる。
 「もう行かなくては。クラルテ、世話になったな。この恩とクラルテの事は忘れない」
 「行ってしまうのね。さようなら、元気でね!」
 明るい表情を見せるが、もう二度と会えないと思うと寂しさがクラルテの青空の瞳に滲ませる。
 「またな」
 ベランジェはクラルテへ背を向けて歩き出す。クラルテはベランジェの背中が小さくなっているのを見つめている。ベランジェは遠くで見慣れない人と合流すると、角の家を曲がっていった。
 クラルテは寂しい気持ちが溢れそうになるのを抑え、自宅へ帰ろうと歩き出す。数歩歩き出すと、ベランジェの人影が消えた角の反対側の角から入れ替わりのように教会の老牧師が小走りしている。
 「クラルテ~!」
 クラルテとあまり身長が変わらない小柄の老牧師が慌てた様子でクラルテの名前を呼びながらこちらへやってくる。
 「牧師さま、慌ててどうしたんです?」
 クラルテは老牧師の元で教会の手伝いをしていて、お世話になっている人だ。老牧師は荒い息を整えながらクラルテに尋ねる。
 「王子様を知らんか? この村にいらっしゃるらしいんじゃ」
 老牧師は息を整えながらクラルテに尋ねる。
 「王子様? 王子様って、この国の王子様?」
 王子様がこんな田舎にいるわけがない。何を言っているのだろうと続きを聞くとーー。
 「そうじゃ、ベランジェ・クュール・レスプラォンディール王子様。この国の王子様じゃ」
 「え……」
 ベランジェ・クュール・レスプラォンディール。
 先程分かれた彼の名前だ。クラルテは頭と目の前が真っ白になる。クラルテは分かれるまでのベランジェとの事を思い出す。
 王子様を子犬呼ばわりし、医者でもないのに手当てをするとでしゃばり、朝食と言って庶民のパンを差し出してしまった。
 王子様と知らずに無礼をしてしまった。クラルテから血の気が引き、その場で固まる。
 「牧師さま。わたし、処刑されるかもしれません……」
 「処刑? 処刑とは何じゃ? クラルテ、何か知っておるのか? クラルテ~!」
 老牧師がどんなに問い詰めてもクラルテは答えず動くこともできなかった。
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