呪われた村娘は王子様から溺愛されて死を選ぶ
 どこかで聞いたことがある叫び声が聞こえる。何を言っているのかまでは聞き取れない。
 (この声、知ってる。マノンとアルフレッドさん)
 クラルテは屋敷でのことを思い出す。マノンとアルフレッドの三人で食事作りをした。三人で楽しそうに作っていると、ベランジェがこっそり様子を覗きに来ていた。クラルテは気づかない振りをして、本当は気づいていた。
 「ベランジェ……」
 いま見ている最悪の現実。今までのベランジェとの幸せは全部が夢だという。
 (わたしがベランジェを好きな気持ちも全部が夢なの?)
 出会ったあの日、プロポーズ、初デート、婚約パーティー、療養していた屋敷での出来事ーー。
 ベランジェに出会ってからずっと胸がときめいてキュンとして傷ついて苦しくなっていた。
 ずっとクラルテはベランジェに恋をしている。ベランジェがくれる愛情と優しさに触れて恋する気持ちと一緒に愛情も増えていった。
 辛かった屋敷での出来事。しかし全てベランジェがクラルテを愛しての言動だった。それを知ったクラルテは全て忘れられない大切な思い出になった。
 あの日々を夢だなんて思いたくない。
 クラルテは右手で左手を力強く握る。いつも感じている婚約指輪の感触を確かめる。
 ずっと信じてきた。この気持ちをなかったことになんてできない。
 「わたしはベランジェを愛しています!」
 「……! クラルテ!」
 突然ベランジェにクラルテの声がハッキリと聞こえる。
 聞こえた瞬間、書き換えられた記憶が元に戻っていく。ベランジェの最愛の女性、クラルテとの思い出が元通りになっていく。

 クラルテは胸を押さえ、荒い呼吸で苦しそうに身をかがめている。
 「クラルテ!」
 ベランジェはクラルテの元へ駆けつけ、クラルテを抱き留める。
 「ベランジェ……」
 クラルテが息を静かに吐くかのようなか細い声で呼ぶ。呪いで胸が激しく痛む。ベランジェへ手を伸ばす。ベランジェは伸ばされた手を優しく握る。
 「愛してるわ」
 クラルテは弱々しく微笑み呟くとベランジェに握られていた手が力なく滑り落ちる。
 「クラルテ!」
 ベランジェの目の前が真っ白になる。何が起こったのか理解したくない頭が思考を拒否する。
 「そんな……。いやです、こんなの……」
 「クラルテ様……」
 離れた所で二人を見ているマノンとアルフレッド。今にも涙を流しそうなマノンと信じられないといった表情でいるアルフレッドはクラルテを強く抱きしめるベランジェを見ていることしかできなかった。
 ベランジェはクラルテをゆっくりと床に寝かせる。
 「貴様だけは許さない」
 ベランジェは見たことがないほどの怒りを露わにしてレノーレジスを睨む。
 「素手で何ができるんだい?」
 レノーレジスは既にベランジェの剣を拾っていた。その剣をベランジェへ向ける。
 レノーレジスはベランジェへ剣を振り下ろす。ベランジェは動きを見切っているように振り下ろされる剣をよける。よけると同時に剣を奪い返し、レノーレジスへ振り下ろした。
 レノーレジスは黒い霧となって消えていった。黒い霧の中から一枚の呪術紙が二つに切られヒラヒラと床に落ちる。
 「ベランジェ様!」
 クラルテを抱き起こしているマノンが叫ぶ。クラルテが瞳が開く。
 「クラルテ、大丈夫か?」
 ベランジェはマノンの代わりクラルテを抱える。
 「ベランジェ、助けに来てくれたのね」
 ベランジェへ手を伸ばし、細い声で呟く。ベランジェはクラルテの手を離さないように握り、強く抱きしめる。
 「よかった、本当によかった……」
 ベランジェはクラルテを抱きしめ、安心したように涙を流す。
 「クラルテ、悪かった。全部俺のせいだ。俺がクラルテを苦しめた」
 クラルテは首を振って否定する。
 「わたしをずっと愛してくれてありがとう。私はベランジェの愛で救われたのよ」
 「これからもっと今まで以上にクラルテを愛して幸せにする。一生何があっても傍にいて離れない」
 クラルテはベランジェの腕の中で見つめ合っている。
 「わたしもベランジェを愛して幸せにする。これからも一緒にいようね」
 クラルテとベランジェは抱きしめ合い、約束しあった。
 クラルテとベランジェを見守っているマノンとアルフレッド。マノンは泣きながら、アルフレッドはメガネを外して二人の無事に感謝した。

 
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