呪われた村娘は王子様から溺愛されて死を選ぶ

永遠の愛

 クラルテとベランジェが婚約して一年が過ぎた。
 二人は忙しいながらもお互いに時間を作り、二人の思い出を増やしていった。毎日の夜のお茶はかかさず、週末はどちらかの部屋に泊まったりデートへ出かけたりしている。
 今日はついに結婚式当日を迎えた。初夏の爽やかな青空と深緑が綺麗な暖かい日だ。

 クラルテはベランジェの部屋で一緒に眠っている。クラルテはベランジェに抱きしめられながら眠っている。結婚式当日の大聖堂入場前まで会えないのは寂しいという二人の意見で一緒に結婚前夜の夜を過ごした。
 「ん、おはよう。ベランジェまだ眠ってる? あっ! ベランジェ。今日は結婚式よ!」
 クラルテはまた寝過ごして朝のお祈りを忘れた。一人で眠る時は朝のお祈りをしているが、ベランジェと過ごす日はいつも寝過ごすため朝のお祈りをするのを諦めた。
 クラルテはベッドから身体を起こし、ベランジェの身体を揺すって起こす。ベランジェは起きて寝ぼけた声でクラルテへ「おはよう」と伝える。
 クラルテは結婚式前にベランジェにやってほしい事がある。昨日言おうと思ったが、言い出せず当日の朝になってしまった。クラルテは意を決してお願いすることにした。
 「ベランジェにお願いがあるんだけど、いいかな?」
 「結婚式当日にお願いとは何だ?」
 ベランジェも身体を起こし、クラルテの話を聞く。
 「……してほしいの」
 クラルテは顔を赤くして小声で呟く。恥ずかしいのか、何を言っているのかまったく聞こえない。
 「もう少し大きな声で言ってくれないか」
 クラルテが顔を真っ赤にしながら何回か同じ言葉を繰り返す。ベランジェの反応がないので聞こえてないと思い、段々と声が聞き取れるくらいの大きさになった。
 「キス、してほしいの」
 やっと聞こえた言葉は可愛らしいお願いだった。
 「もう誓いのキスをしてほしいのか?」
 「ベランジェと一緒にいるのが楽しいからそのまま過ごしてきてしまったけどーー。わたしたち、ちゃんとキスしたことなかったと思って……」
 ベランジェはクラルテと唯一キスをした時の事を思い出す。
 (俺がアイツに嫉妬してクラルテにキスしたんだったな)
 いきなりキスをして嫌われなかったかと不安に思い、それに加えクラルテは奥手のようなので同意を確認するタイミングを逃していた。ベランジェはクラルテとキスをしたい欲をあれ以来、それより前からずっと抑えている。
 「いきなり誓いのキスだと緊張するから。ずっと言いたかったんだけど勇気がなくて……」
 クラルテは断られたらどうしようと不安で俯き、目を合わせないで呟いている。
 「俺も気づかなくて悪かった。いきなりした手前、クラルテの気持ちを確かめる勇気がなくてな」
 クラルテはベランジェと二人きりの時に上目遣いで彼をじーっと見つめている時がある。
 (やっぱりあの顔はキスしたいと思っていた顔だったのか)
 クラルテが何度もしていた可愛らしい顔を思い出す。
 「それってベランジェもキスしたいと思ってくれてたの?」
 クラルテは初めて知ったような表情をする。
 (俺が思わないわけないだろ)
 ずっと我慢していた気持ちを全く気づいていないクラルテ。どれほどの気持ちを抱えていたか気づかせようと、クラルテの瞳を捉えてはなさないように見つめる。
 「クラルテはまだ俺のことを分かっていないみたいだな」
 「え……」
 クラルテの頬を両手で優しく包み上を向かせる。ベランジェは顔を傾け、クラルテに顔を近づける。
 クラルテの鼓動が激しくなる。顔を赤くして瞳をギュッと固くつむる。キスになれていない初心な表情している。
 (可愛いな)
 ベランジェも瞳を閉じる。ゆっくりとクラルテの唇にキスを落とす。しっとりとしていて柔らかい感触。
 ベランジェは音を立てて唇を離すとクラルテは大きく呼吸をする。息を止めていたようだ。
 「どうした?」
 「キスして胸がドキドキしてるから息が持たなくて……」
 キスをしている時の息の仕方が分からないのか知らないのか。ベランジェはクラルテを可愛いと思いながら、少しの意地悪と口実を伝える。
 「それは大変だ。誓いのキスで苦しくなるなんてことがあっては困る。クラルテ、練習するぞ」
 「練習!? んっ……」
 クラルテに有無を言わさず唇を再び落とす。朝日が差し込む部屋に響くの愛情の音とクラルテの苦しくも甘い声。
 二人はどのくらいキスをしていたのだろうか。クラルテが呼吸の仕方が少しできるようになってきた頃、誰かが部屋を訪れた。
 ノックと同時に部屋のドアが開かれる。クラルテの侍女になったマノンが部屋に入ってくる。
 「おはようございます。クラルテ様、ベランジェ様。待ちに待った結婚式当日ですよ。って、うわっ! 失礼しました!」
 マノンは二人を見て慌てて部屋を出てドアを勢いよく閉めた。キスはここまでのようだ。
 「マノン、いるか? 着替えるから部屋の外で待っていろ。声をかける」
 マノンが「わかりました」とドアの外から返事を返す。
 「クラルテ、大丈夫か?」
 まだベッドに座っているクラルテの顔をのぞき見る。
 「えへへ」
 クラルテは顔を真っ赤にして蕩けた幸せな表情をしている。頭も蕩けてふわふわとしているようで、マノンが来たのに気づいていない。
 夢見心地のクラルテの意識はベランジェとの幸せの中を漂っているようだ。ベランジェはキスをしすぎた事を反省する。
 二人は着替え終わり、クラルテはベランジェと離れるのを惜しむ。朝食をとった後は控え室へ行き、結婚式の準備をすることになっている。次に会えるのは結婚式が行われる大聖堂へ入る扉の前だ。式の本番でないと会えない。
 「ベランジェ。わたし、失敗しないで結婚式できるかな?」
 「俺も緊張している。大聖堂前で待っているからな」
 ベランジェは少しだけ不安な顔をしているクラルテの両手を握り優しい声で話す。本当に結婚するという緊張と重圧。
 クラルテはベランジェを見つめてうなずく。
 「クラルテ、忘れ物だぞ」
 ベランジェはクラルテの右手薬指に婚約指輪を付ける。寝る時に外した指輪をはめてくれる。今日から結婚指輪を左手薬指の指輪に付けるので右に付けてくれた。
 「ありがとう。大聖堂で待っててね」
 クラルテはマノンと一緒に部屋を出て結婚式の準備へ向かう。

 ***

 大聖堂には多くの参列者が訪れている。レスプラォンディール家の親戚や関係者。同盟国の王や妃。大聖堂の外の広場には多くの取材陣や国民のほとんどがこの場所に押し寄せている。
 ベールが下げられているクラルテは小さなダイヤモンドやパールがあしらわれたプリンセスラインのウェディングドレスを着て、頭にはまばゆく光るティアラを付けている。手にはユリのキャスケードブーケを持っている。
 ベランジェは正装で腰にはクラルテを守った聖剣”au nom de l'amour”(オゥ・ノン・デ・ラムール)を下げている。
 もう少しで大聖堂内へ入場する。ベランジェはちらりとクラルテに視線を向けると、見るからに緊張して表情の身体もこわばっている。
 「クラルテ」
 ベランジェが優しい声でクラルテの名前を呼ぶ。クラルテは見上げるとベランジェと目が合い、こわばった表情がほぐれる。
 「婚約パーティーの時の事を覚えているか? あの時と同じように俺のことだけ考えていろ」
 婚約パーティーの時に緊張していたクラルテはそう言われたのを今でもハッキリと覚えている。
 「覚えてるよ。ベランジェの事だけ考えてる。ありがとう」
 クラルテはベランジェに微笑む。ベランジェの事だけを見て考えていたら緊張がなくなっていった。
 大聖堂へ入場する時がやってきた。いま大聖堂の扉が開けられようとしている。
 「クラルテ。ウェディングドレス似合っているぞ。世界で一番綺麗だ。俺の天使、俺の花嫁」
 一目見た時から天使のような美しい女性と思っていた。クラルテを知っていくうちに内面も天使であることを知り、さらに惹かれていった。純白のドレスを着た天使はベランジェの花嫁になる。今日しか見られないクラルテの姿をベランジェの胸の中に永遠に残した。
 ベランジェはクラルテの手の甲にキスをする。ベランジェはクラルテの手を自分の左腕に添えさせる。
 クラルテは嬉しそうに頬を染めてベランジェを見上げる。クラルテは言葉を返したかったが大聖堂の扉が開かれ、ベランジェと一緒にバージンロードを歩く。

 結婚式は滞りなく行われている。クラルテは式で神へ祈る時、神へ感謝した。
 (ベランジェと結ばれる幸せな運命に感謝します)
 クラルテは一年前の事を思い出す。ベランジェと引き離され、離ればなれになってしまった時はもう無理だと諦めかけた。
 クラルテは婚約指輪にそっと触る。あの時ベランジェを信じてよかったと今でも思う。あの時駆けつけてくれた、今どこかで見ているマノンとアルフレッドにも感謝している。二人がいなければきっと今はない。
 大司教が誓いの言葉を新郎ベランジェへ問いかける。

 「新郎、ベランジェ。あなたはここにいるクラルテを病めるときも健やかなる時も富める時も貧しい時も妻として愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り尽くすことを誓いますか?」
 「誓います」
 ベランジェはしっかりと答える。続いて大司教は誓いの言葉をクラルテへ問いかける。
 「はい。誓います」
 クラルテもハッキリと答える。
 指輪の交換をして、二人はお互の左手薬指の指輪に結婚指輪をはめる。クラルテとベランジェの指には同じ結婚指輪がはまっている。
 クラルテは指輪を見て嬉しそうに顔をほころばせる。
 クラルテは誓いのキスをするため屈み、ベランジェにベールを上げてもらう。二人は緊張と高揚感で心臓がドキドキしている。
 ベランジェはクラルテの腰を両手で支え、顔を近づけていく。クラルテは目を閉じてベランジェへ顔を向けて固まっている。ベランジェが手にそっと力を入れてクラルテを引き寄せる。驚いたクラルテはわずかに瞳を開くとベランジェの顔が間近にあった。クラルテは静かに瞳を閉じ、ベランジェの腕に手を添えると唇に柔らかい感触が降りてくる。
 数秒間、唇を重ねて離す。クラルテの頬は赤くなっている。ベランジェもほんのり赤くなっている。ベランジェも赤くなっているのを知り、クラルテは同じ気持ちが嬉しくなって心が安らいだ。
 結婚成立の宣言をされ、結婚証明書にサインをする。
 二人は腕を組み、再びバージンロードを歩いて退場する。大聖堂を出ると大歓声が起こる。集まった国民が二人の結婚を祝福している。
 ベランジェは記者が二人の写真を撮っているのに気づくと、クラルテをお姫様抱っこをする。
 「きゃっ!」
 クラルテが小さく声を上げてベランジェに腕を回す。嬉しそうに見つめ合い、微笑むクラルテとベランジェ。さらに歓声が上がり、祝福された。

 二人はガラス張りの馬車に乗り込み、凱旋パレードへ出る。王都のメインロードを回る予定になっている。街のどこを通っても祝福された。クラルテは人が少ない通りでクラルテの故郷の村の牧師や村人を見つけ、一生懸命に手を振った。クラルテは嬉しさで瞳を潤ませる。
 凱旋パレードが終わり、馬車は城へ向かっている。城の近くの上り坂に入り、人はいなく静かになった。静かになってクラルテは
 「ベランジェ、聞いてもいい?」
 ベランジェは「なんだ?」と優しくたずねる。
 「本当にわたしはベランジェと結婚したのね。わたし、こんなに幸せでいいのかな?」
 クラルテは結婚指輪を眺めて呟く。大切な指輪が増えて幸せで胸がいっぱいになっている。ベランジェは答える代わりに優しく手を重ねる。
 田舎の村娘を王子様が迎えに来てくれたこと、危険な場所に助けてくれて守ってくれたこと。王子様であるベランジェと結婚したこと。信じられないことばかり起こっている。クラルテは奇跡の運命に感謝する。
 「わたしはいま最高に幸せよ。ベランジェがくれた婚約指輪の石、本当に永遠を誓う石ね」
 クラルテは嬉しそうに右手に光る婚約指輪を眺める。王都へやってきて城で過ごすうちに、この石がダイヤモンドと知った。しかしクラルテにとってはダイヤモンドではなく、永遠の愛を誓う石だ。
 「これからもクラルテの傍を離れない。ずっと一緒だ」
 ベランジェはクラルテの両手をしっかりと握る。クラルテは微笑んでゆっくり頷くと、ベランジェに顔を向けて瞳を閉じる。ベランジェは軽く唇を重ねる。
 「愛してる」
 頬を赤らめ上目遣いにベランジェを見つめて愛の言葉を伝える。
 「俺も愛してる。永遠にーー」
 ベランジェは唇をもう一度クラルテと重ね、永遠を誓った。
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