呪われた村娘は王子様から溺愛されて死を選ぶ
初デート当日の朝。クラルテはいつもより早起きをして窓のカーテンを開ける。まだ夜空は白んでいて朝日は昇っていない。
クラルテは朝の日課であるお祈りを始める。故郷にいる時は教会でしていたが、城では自室で行っている。
クラルテは窓を開け、膝立ちをして胸の前で手を組み瞳を閉じる。
「今日は楽しみにしていたベランジェとの初デートの日です。楽しい一日を過ごせますように」
ベランジェとの楽しい日になることを想像し、祈りを続ける。
祈りを終えると空は明るくなっていた。窓からは早朝の清々しい風が吹き、朝日が窓から見る城外の木々と山の下にある街を照らしている。
「良い天気! 早速支度しなきゃ」
クラルテはルンルンと気持ちが弾む。出かける時間は昼食が終わった後だ。クラルテはいそいそと出かける支度を始めた。
クラルテは昼食が終わると自室の鏡台の前で身支度の最終確認をする。
昨日ロズリーヌと一緒に選んだく可愛いらしい淡いピンクのドレス。クラルテはドレスを気に入り、鏡で何度も自分の姿を見ている。
今日は午前中に一つだけレッスンの予定が入っていた。その教師に「お似合いですね。どこかへお出かけですか?」と聞かれ、クラルテはニコニコしながら「ベランジェと出かける予定があります」と答える。教師は嬉しそうに笑い、デートを応援してくれた。
クラルテは気合いを入れてレッスンを終わらせた。今日が一番集中してレッスンを受けたかもしれない。
「ベランジェに釣り合う素敵な女性になりたいな」
クラルテはレッスンをもっと真剣に学ぼうと気持ちを入れ替える。
待ち合わせの時間。クラルテは待ち合わせ場所のエントランスホールにやってきた。エントランスホールの階段下にはすでにベランジェが待っていた。待っていてくれただけで嬉しくて胸がときめく。
クラルテは履き慣れないピンクのお洒落な靴で階段を駆け下りる。ヒールの音に気づき、ベランジェはクラルテの方を振り向き、クラルテを見て微笑む。ベランジェはシャツとスラックスのラフな普段着の格好をしている。
「お待たせ。早いのね、待った? ベランジェ、この服どうかな? 昨日、ロズリーヌ様と一緒に選んだの」
クラルテは言ってほしい言葉を期待して待っている。
「よく似合ってて可愛いぞ」
「ありがとう!」
クラルテは嬉しそうに表情を緩めて笑う。嬉しそうに笑うクラルテを見てベランジェも表情を緩める。
クラルテとベランジェはエントランス前に待たせてある馬車に乗り込み、街へ向かう。クラルテは馬車の中でベランジェに尋ねる。
「ベランジェ。わたし、デートってしたことなくて何をすればいいのかな」
クラルテは照れながらもじもじと上目遣いでベランジェを見つめる。クラルテは何を期待して想像しているのか。
ベランジェはデートのあらすじが分かっている。分かっている手前、期待しているクラルテを可愛いと思う。
「俺と忘れられない思い出を作る」
クラルテは満面の笑みで嬉しそうに照れながら笑う。
街へ入り、予定の場所で馬車が止まる。ベランジェのエスコートで馬車を降りるとクラルテは感動の声を上げる。
「すごい! 建物がたくさんあるわ!」
故郷の村は家が密集していない。故郷の自然が多い村とは景色が全然違う。王城に来てからほぼ外出したことがないクラルテは見慣れていない集合住宅や店舗が軒を連ねる街並みを楽しそうに見ている。
(クラルテにプロポーズをして連れ帰った時にも言っていたような)
ベランジェにとっては見慣れた当たり前の街並みにはしゃぐクラルテを温かい瞳で見つめる。
「クラルテ、サロン・ド・テへ移動するぞ」
ベランジェは左腕を差し出す。クラルテは一瞬分からなかったが、レッスンで学んだことを思い出し、ベランジェの腕に手を添える。
「クラルテ嬢、参りましょう」
「ええ」
クラルテはクラルテは淑女になりきって返事をして、二人はアフタヌーンティーをする店へと歩き出す。
「この店だな」
テラス席があるアフタヌーンティーが楽しめるサロン・ド・テにやってきた。外観と内装は白を基調とした上品なサロン・ド・テは貸し切りになっている。二人は店の中へ入る女性店主が恭しく挨拶をしてテラス席へ案内する。
女性店主はあらかじめ伝えられている注文を確認するとお辞儀をして下がった。
クラルテはテラス席からの風景を眺めている。
春の良く晴れた青空と明るい午後の日差し。石畳に植えられている街路樹の木漏れ日が綺麗だ。木漏れ日が美しい街路樹の影に人影が見え隠れしている。
クラルテはメニューを見ながら、チラチラと人影を見ている。こちらを伺うあの人影はなんだろう?
「あの、ベランジェ。あの人たちは誰か分かる?」
人影が街路樹に隠れながらこちらを伺っている。一人は手帳にペンを持ち、もう一人はカメラを持って構えている。
「あー、実はーー」
ベランジェは言いにくそうに事情を話す。
「取材?」
クラルテは思いもしない言葉を聞き返す。
「俺がクラルテを婚約者として連れ帰っただろ? 王室の広報にデートをしている様子を王室の記録として残したいと言われてな」
ベランジェはばつが悪そうに視線を広報へ向けて話す。クラルテにとって大事な事実を確認したくて、ベランジェを強い視線を向けてハッキリと言葉にする。
「これはデートじゃないの?」
「デートだ」
言い切ってくれたことが嬉しく、クラルテの顔がにやける。
ベランジェは取材のつもりでデートに来た訳ではないのが分かり、クラルテは機嫌を損ねなかった。
「デートを広報が取材だなんて、王子様って大変だね」
ベランジェへ他人事のような言葉をかける。クラルテ自身も取材対象ということが分かっていないようだ。それを伝えて変に意識してしまったら困ると思い、ベランジェは黙っている。
「でも今日デートに来れて嬉しい」
二人きりのデートではなくて少し残念だったが、目の前にいるベランジェを眺めているとこの機会を作ってくれた広報に感謝の気持ちになっていく。
「俺もだ」
ベランジェ自身も忙しく、クラルテもレッスンや勉強などの予定が立て込んでいる。ベランジェはデートの機会を作ろうと思っていたが、難しかった。取材という名目になってしまったが、ベランジェもクラルテとデートができて嬉しく思う。
しかし見られているとなると気になるようだ。
クラルテはしきりに街路樹の影になっている広報の記者を気にしている。チラチラと伺うように視線を送る。気が散っているのがハッキリと分かる。
「クラルテ」
クラルテはベランジェに名前を呼ばれ、顔をじっと真っ直ぐ見つめている。クラルテは街路樹の木々のように陽光で透き通っているような深緑色の瞳に見とれる。
「手を貸してくれ」
テーブルの下で緊張して握っている両手をテーブルの上に出す。ベランジェは優しくクラルテの両手を包む。
「毎日お茶の時間で会っているが、こうして外で会うのは初めてだな。クラルテは俺とここに来てどう思う?」
「夢のように思うわ。故郷で話に聞いていただけの王都で絵画に描かれていそうな素敵な場所でベランジェとデートできて夢を見ているみたい」
「気に入ってくれてよかった。今クラルテは起きていて俺の目の前にいるから安心しろ」
クラルテは静かにうなずく。
「婚約指輪、今日付けてきてくれたんだな」
クラルテの手を包む指から婚約指輪の感触を感じる。クラルテは指を広げ指輪に付いたダイヤモンドを光らせる。
「なくすと困るから特別な時に付けようと思って。ベランジェの事を思いながら眺めてるのよ」
ダイヤモンドが輝くようにカットされた指輪は初夏の明るさを取り入れて眩しいくらいに輝いている。
「嬉しいが、何だか照れるな」
「ベランジェはわたしのことを思い出してくれてる?」
「当たり前だろ」
ベランジェは無意識にクラルテのことを考えている時がある。知られるのが恥ずかしいので伝えずに黙っておくことにする。
談笑していると、女性店主が配膳カートに二人分の紅茶と数種類のホールケーキと砂糖菓子を運んでくる。
「わあ! すごいケーキとお菓子ね。どれも美味しそう!」
ガトーショコラ、オペラ、モンブラン、フレジェ。シュークリームやマカロン、カヌレなどが並んでいる。
「全部食べてもいいんだぞ」
「全部食べたい! ……けど、こんなに食べられない」
しゅん、と子供のように落ち込む。それを見てベランジェはクラルテを可愛いと思う。
「全部食べたいだなんて、わたし大食いと書かれないかな?」
「広報はそのような書き方をしないから安心して食べろ」
「そう? なら遠慮なく」
王都でも名店のサロン・ド・テだ。クラルテはケーキを食べ出すと止まらなくなった。
クラルテはケーキを一口食べて「美味しいね!」と言い、大食いを気にしていたのが嘘のようにケーキを平らげていく。
ベランジェは紅茶とケーキを上品に味わっている。ベランジェはクラルテをじーっと見つめる。会話もなく一心不乱にケーキを食べているクラルテを見つめながら暇を持て余す。
「クラルテ」
甘く優しい声で呼ばれ、食べているケーキからベランジェに視線を戻す。
ベランジェはフレジェのイチゴをフォークに刺してクラルテに向ける。クラルテに食べさせようとしている。
「な、なに?」
クラルテはベランジェがしようとしていることを察して声がこわばる。
「恋人はこういうことをするんだぞ。ほら、あーん」
ほらと言われても、広報に見られている。見られていなくても恥ずかしくてできない。
「恥ずかしい……」
「ならクラルテが俺に食べさせてくれないか? それならいいだろ?」
ベランジェが口を開けて待っている。クラルテはイチゴが刺さったフォークを受け取り、ベランジェへ食べさせる。
「酸味が少なくてうまいな」
ベランジェは笑顔でイチゴを食べている。
「さっき酸っぱいと言ってなかった?」
先ほど同じケーキにあるイチゴを食べた時は酸っぱいと言っていた。
「クラルテがあーんしてくれたものは甘いみたいだな」
クラルテはベランジェに食べさせたイチゴと同じように赤くなった。
クラルテは結局全種類のケーキと菓子を食べて満足した表情をしている。
「結構食べるんだな」
ベランジェはフレジェと数個の菓子しか食べていない。
「こんなに美味しいケーキを食べたことないわ。美味しすぎて一生分のケーキを食べちゃった。ごちそうさまでした」
余ったケーキは持って帰れるようで、店主が待機している馬車に積んでくれた。
店を出た二人。広報の記者たちもついてくる。
ベランジェはクラルテの手を引っ張り路地裏に隠れて広報をやりすごす。クラルテはベランジェの身体で隠されている。背中は壁でベランジェとは抱きしめ合う距離。クラルテはベランジェとの距離が近く顔が真っ赤になる。
「記者を巻けたみたいだな。……ん? 何を期待しているんだ?」
顔を真っ赤にしているクラルテをからかう。
「ふえぇ!? な、何も……」
恥ずかしくなり、ぼんやりと期待していることを否定する。クラルテはベランジェの唇を見つめる。本当は知りたい。けれどまだその刺激を求めたいと伝える勇気がなかった。
「そうか、寂しいな」
ベランジェは残念そうに身体を離す。クラルテはホッとしたような残念そうな複雑な気持ちでベランジェを見つめる。
ベランジェは持っている小さく上品でお洒落な紙袋をクラルテに見せる。
「クラルテへ。先程ののサロン・ド・テで用意してもらったチョコレートだ。受け取ってくれるか?」
「ありがとう。余ったケーキを持って帰れるのに用意してくれて嬉しい。帰ったらベランジェと一緒に今日を思い出しながら食べたいな」
クラルテは嬉しそうに受け取る。紙袋の中にはギフトボックスが入っている。
「可愛い申し出だな。夜のお茶の時間に一緒に食べるか」
クラルテはその時間が楽しみという笑顔でうなずく。
「そろそろ大聖堂へ行くか。今度は二人きりでデートに来ような」
「二人きりのデート、今から楽しみ」
クラルテは想像しながら、ベランジェから差し出された手を握り大聖堂へ向かう。
クラルテとベランジェは路地裏を出て、手を繋ぎ話ながら大聖堂へ向かう。大聖堂は先程の店の近くにあり、すぐに着いた。
大聖堂の前に着き、高くそび立つ大聖堂を見上げる。王族はこの大聖堂で結婚式をする伝統になっており、クラルテとベランジェもここで結婚式を行う予定になっている。
「大聖堂初めて! とても立派で素敵ね」
大聖堂を見上げていると広報が二人を見つけ、取材を続行し始めた。
大聖堂はいつも見学者などで混雑しているが、今日はデートの取材のため人払いをしている。
静かな大聖堂内へ入り、内部を見学する。厳かな雰囲気が伝わってくる。クラルテとベランジェはステンドグラスとバラ窓を見たりして見学をした。二人は一通り見学し終えると、長椅子に座って正面の祭壇を眺めながら話し始める。
「ここでベランジェと結婚式をするのね。夢のようだわ」
「ああ、俺もだ」
ベランジェはクラルテと見つめ合い同意する。広報は幸せそうな二人の様子を記録に残す。
「実はまだ全然実感わかないの。わたし、結婚しようと考えていなかったから」
クラルテは顔を伏せ、小さい声で呟く。今まで誰にも言わなかったことをベランジェへ話し出す。
「ベランジェと、という意味じゃなくて結婚自体がという意味よ。わたし、将来はシスターになろうかと思っていたの。父も亡くなって一人になってからは寂しく思うことが多くて。ずっと村にいたいという気持ちと色々思い出したりして寂しい気持ちがあったりしてそう思ったの。牧師さまの手伝いもしていたし、シスターになれば神様の存在を近くに感じられて奉仕できるなら寂しくないかなと思ったの」
ベランジェはクラルテがそんなことを考えているとは思っていなかったので驚く。クラルテにとって寂しさが耐えがたい苦痛になることを心に留める。
「今でもシスターになるのと俺との結婚を迷ったりしているのか?」
「迷ってないわ」
クラルテはハッキリと答える。
「好きな人ができてしまったんだもん。もうシスターにはなれないわ」
頬を染めてチラッとベランジェに視線を送る。クラルテはベランジェの事を考えたり、彼がそばにいてくれると心が満たされて幸せになる。その幸せを知ってしまったクラルテは神様に奉仕はできないと考えた。
「だから、できる限りずっとわたしのそばにいてね」
ベランジェはクラルテの手を重ねる。婚約指輪の感触が気持ちを確かにする。
「もちろんだ、絶対に離れはしない。約束する」
クラルテの手をしっかりと包む。クラルテへプロポーズをした日から気持ちは変わっていない。二人は手を取って約束を新たにする。
大聖堂を見学して出た後は整備された川辺のベンチに座って日が暮れるまで二人で話した。
お互いの子供の頃、村での生活や王城での生活、家族や周りの人たちのこと。色々な話をしていたらあっという間に日が暮れそうになってた。
川が視界の正面にあり、広報を気にせず楽しく話して二人は満足げに帰った。
広報取材の依頼から始まった初デートは二人に幸せな思い出を残した。
クラルテは朝の日課であるお祈りを始める。故郷にいる時は教会でしていたが、城では自室で行っている。
クラルテは窓を開け、膝立ちをして胸の前で手を組み瞳を閉じる。
「今日は楽しみにしていたベランジェとの初デートの日です。楽しい一日を過ごせますように」
ベランジェとの楽しい日になることを想像し、祈りを続ける。
祈りを終えると空は明るくなっていた。窓からは早朝の清々しい風が吹き、朝日が窓から見る城外の木々と山の下にある街を照らしている。
「良い天気! 早速支度しなきゃ」
クラルテはルンルンと気持ちが弾む。出かける時間は昼食が終わった後だ。クラルテはいそいそと出かける支度を始めた。
クラルテは昼食が終わると自室の鏡台の前で身支度の最終確認をする。
昨日ロズリーヌと一緒に選んだく可愛いらしい淡いピンクのドレス。クラルテはドレスを気に入り、鏡で何度も自分の姿を見ている。
今日は午前中に一つだけレッスンの予定が入っていた。その教師に「お似合いですね。どこかへお出かけですか?」と聞かれ、クラルテはニコニコしながら「ベランジェと出かける予定があります」と答える。教師は嬉しそうに笑い、デートを応援してくれた。
クラルテは気合いを入れてレッスンを終わらせた。今日が一番集中してレッスンを受けたかもしれない。
「ベランジェに釣り合う素敵な女性になりたいな」
クラルテはレッスンをもっと真剣に学ぼうと気持ちを入れ替える。
待ち合わせの時間。クラルテは待ち合わせ場所のエントランスホールにやってきた。エントランスホールの階段下にはすでにベランジェが待っていた。待っていてくれただけで嬉しくて胸がときめく。
クラルテは履き慣れないピンクのお洒落な靴で階段を駆け下りる。ヒールの音に気づき、ベランジェはクラルテの方を振り向き、クラルテを見て微笑む。ベランジェはシャツとスラックスのラフな普段着の格好をしている。
「お待たせ。早いのね、待った? ベランジェ、この服どうかな? 昨日、ロズリーヌ様と一緒に選んだの」
クラルテは言ってほしい言葉を期待して待っている。
「よく似合ってて可愛いぞ」
「ありがとう!」
クラルテは嬉しそうに表情を緩めて笑う。嬉しそうに笑うクラルテを見てベランジェも表情を緩める。
クラルテとベランジェはエントランス前に待たせてある馬車に乗り込み、街へ向かう。クラルテは馬車の中でベランジェに尋ねる。
「ベランジェ。わたし、デートってしたことなくて何をすればいいのかな」
クラルテは照れながらもじもじと上目遣いでベランジェを見つめる。クラルテは何を期待して想像しているのか。
ベランジェはデートのあらすじが分かっている。分かっている手前、期待しているクラルテを可愛いと思う。
「俺と忘れられない思い出を作る」
クラルテは満面の笑みで嬉しそうに照れながら笑う。
街へ入り、予定の場所で馬車が止まる。ベランジェのエスコートで馬車を降りるとクラルテは感動の声を上げる。
「すごい! 建物がたくさんあるわ!」
故郷の村は家が密集していない。故郷の自然が多い村とは景色が全然違う。王城に来てからほぼ外出したことがないクラルテは見慣れていない集合住宅や店舗が軒を連ねる街並みを楽しそうに見ている。
(クラルテにプロポーズをして連れ帰った時にも言っていたような)
ベランジェにとっては見慣れた当たり前の街並みにはしゃぐクラルテを温かい瞳で見つめる。
「クラルテ、サロン・ド・テへ移動するぞ」
ベランジェは左腕を差し出す。クラルテは一瞬分からなかったが、レッスンで学んだことを思い出し、ベランジェの腕に手を添える。
「クラルテ嬢、参りましょう」
「ええ」
クラルテはクラルテは淑女になりきって返事をして、二人はアフタヌーンティーをする店へと歩き出す。
「この店だな」
テラス席があるアフタヌーンティーが楽しめるサロン・ド・テにやってきた。外観と内装は白を基調とした上品なサロン・ド・テは貸し切りになっている。二人は店の中へ入る女性店主が恭しく挨拶をしてテラス席へ案内する。
女性店主はあらかじめ伝えられている注文を確認するとお辞儀をして下がった。
クラルテはテラス席からの風景を眺めている。
春の良く晴れた青空と明るい午後の日差し。石畳に植えられている街路樹の木漏れ日が綺麗だ。木漏れ日が美しい街路樹の影に人影が見え隠れしている。
クラルテはメニューを見ながら、チラチラと人影を見ている。こちらを伺うあの人影はなんだろう?
「あの、ベランジェ。あの人たちは誰か分かる?」
人影が街路樹に隠れながらこちらを伺っている。一人は手帳にペンを持ち、もう一人はカメラを持って構えている。
「あー、実はーー」
ベランジェは言いにくそうに事情を話す。
「取材?」
クラルテは思いもしない言葉を聞き返す。
「俺がクラルテを婚約者として連れ帰っただろ? 王室の広報にデートをしている様子を王室の記録として残したいと言われてな」
ベランジェはばつが悪そうに視線を広報へ向けて話す。クラルテにとって大事な事実を確認したくて、ベランジェを強い視線を向けてハッキリと言葉にする。
「これはデートじゃないの?」
「デートだ」
言い切ってくれたことが嬉しく、クラルテの顔がにやける。
ベランジェは取材のつもりでデートに来た訳ではないのが分かり、クラルテは機嫌を損ねなかった。
「デートを広報が取材だなんて、王子様って大変だね」
ベランジェへ他人事のような言葉をかける。クラルテ自身も取材対象ということが分かっていないようだ。それを伝えて変に意識してしまったら困ると思い、ベランジェは黙っている。
「でも今日デートに来れて嬉しい」
二人きりのデートではなくて少し残念だったが、目の前にいるベランジェを眺めているとこの機会を作ってくれた広報に感謝の気持ちになっていく。
「俺もだ」
ベランジェ自身も忙しく、クラルテもレッスンや勉強などの予定が立て込んでいる。ベランジェはデートの機会を作ろうと思っていたが、難しかった。取材という名目になってしまったが、ベランジェもクラルテとデートができて嬉しく思う。
しかし見られているとなると気になるようだ。
クラルテはしきりに街路樹の影になっている広報の記者を気にしている。チラチラと伺うように視線を送る。気が散っているのがハッキリと分かる。
「クラルテ」
クラルテはベランジェに名前を呼ばれ、顔をじっと真っ直ぐ見つめている。クラルテは街路樹の木々のように陽光で透き通っているような深緑色の瞳に見とれる。
「手を貸してくれ」
テーブルの下で緊張して握っている両手をテーブルの上に出す。ベランジェは優しくクラルテの両手を包む。
「毎日お茶の時間で会っているが、こうして外で会うのは初めてだな。クラルテは俺とここに来てどう思う?」
「夢のように思うわ。故郷で話に聞いていただけの王都で絵画に描かれていそうな素敵な場所でベランジェとデートできて夢を見ているみたい」
「気に入ってくれてよかった。今クラルテは起きていて俺の目の前にいるから安心しろ」
クラルテは静かにうなずく。
「婚約指輪、今日付けてきてくれたんだな」
クラルテの手を包む指から婚約指輪の感触を感じる。クラルテは指を広げ指輪に付いたダイヤモンドを光らせる。
「なくすと困るから特別な時に付けようと思って。ベランジェの事を思いながら眺めてるのよ」
ダイヤモンドが輝くようにカットされた指輪は初夏の明るさを取り入れて眩しいくらいに輝いている。
「嬉しいが、何だか照れるな」
「ベランジェはわたしのことを思い出してくれてる?」
「当たり前だろ」
ベランジェは無意識にクラルテのことを考えている時がある。知られるのが恥ずかしいので伝えずに黙っておくことにする。
談笑していると、女性店主が配膳カートに二人分の紅茶と数種類のホールケーキと砂糖菓子を運んでくる。
「わあ! すごいケーキとお菓子ね。どれも美味しそう!」
ガトーショコラ、オペラ、モンブラン、フレジェ。シュークリームやマカロン、カヌレなどが並んでいる。
「全部食べてもいいんだぞ」
「全部食べたい! ……けど、こんなに食べられない」
しゅん、と子供のように落ち込む。それを見てベランジェはクラルテを可愛いと思う。
「全部食べたいだなんて、わたし大食いと書かれないかな?」
「広報はそのような書き方をしないから安心して食べろ」
「そう? なら遠慮なく」
王都でも名店のサロン・ド・テだ。クラルテはケーキを食べ出すと止まらなくなった。
クラルテはケーキを一口食べて「美味しいね!」と言い、大食いを気にしていたのが嘘のようにケーキを平らげていく。
ベランジェは紅茶とケーキを上品に味わっている。ベランジェはクラルテをじーっと見つめる。会話もなく一心不乱にケーキを食べているクラルテを見つめながら暇を持て余す。
「クラルテ」
甘く優しい声で呼ばれ、食べているケーキからベランジェに視線を戻す。
ベランジェはフレジェのイチゴをフォークに刺してクラルテに向ける。クラルテに食べさせようとしている。
「な、なに?」
クラルテはベランジェがしようとしていることを察して声がこわばる。
「恋人はこういうことをするんだぞ。ほら、あーん」
ほらと言われても、広報に見られている。見られていなくても恥ずかしくてできない。
「恥ずかしい……」
「ならクラルテが俺に食べさせてくれないか? それならいいだろ?」
ベランジェが口を開けて待っている。クラルテはイチゴが刺さったフォークを受け取り、ベランジェへ食べさせる。
「酸味が少なくてうまいな」
ベランジェは笑顔でイチゴを食べている。
「さっき酸っぱいと言ってなかった?」
先ほど同じケーキにあるイチゴを食べた時は酸っぱいと言っていた。
「クラルテがあーんしてくれたものは甘いみたいだな」
クラルテはベランジェに食べさせたイチゴと同じように赤くなった。
クラルテは結局全種類のケーキと菓子を食べて満足した表情をしている。
「結構食べるんだな」
ベランジェはフレジェと数個の菓子しか食べていない。
「こんなに美味しいケーキを食べたことないわ。美味しすぎて一生分のケーキを食べちゃった。ごちそうさまでした」
余ったケーキは持って帰れるようで、店主が待機している馬車に積んでくれた。
店を出た二人。広報の記者たちもついてくる。
ベランジェはクラルテの手を引っ張り路地裏に隠れて広報をやりすごす。クラルテはベランジェの身体で隠されている。背中は壁でベランジェとは抱きしめ合う距離。クラルテはベランジェとの距離が近く顔が真っ赤になる。
「記者を巻けたみたいだな。……ん? 何を期待しているんだ?」
顔を真っ赤にしているクラルテをからかう。
「ふえぇ!? な、何も……」
恥ずかしくなり、ぼんやりと期待していることを否定する。クラルテはベランジェの唇を見つめる。本当は知りたい。けれどまだその刺激を求めたいと伝える勇気がなかった。
「そうか、寂しいな」
ベランジェは残念そうに身体を離す。クラルテはホッとしたような残念そうな複雑な気持ちでベランジェを見つめる。
ベランジェは持っている小さく上品でお洒落な紙袋をクラルテに見せる。
「クラルテへ。先程ののサロン・ド・テで用意してもらったチョコレートだ。受け取ってくれるか?」
「ありがとう。余ったケーキを持って帰れるのに用意してくれて嬉しい。帰ったらベランジェと一緒に今日を思い出しながら食べたいな」
クラルテは嬉しそうに受け取る。紙袋の中にはギフトボックスが入っている。
「可愛い申し出だな。夜のお茶の時間に一緒に食べるか」
クラルテはその時間が楽しみという笑顔でうなずく。
「そろそろ大聖堂へ行くか。今度は二人きりでデートに来ような」
「二人きりのデート、今から楽しみ」
クラルテは想像しながら、ベランジェから差し出された手を握り大聖堂へ向かう。
クラルテとベランジェは路地裏を出て、手を繋ぎ話ながら大聖堂へ向かう。大聖堂は先程の店の近くにあり、すぐに着いた。
大聖堂の前に着き、高くそび立つ大聖堂を見上げる。王族はこの大聖堂で結婚式をする伝統になっており、クラルテとベランジェもここで結婚式を行う予定になっている。
「大聖堂初めて! とても立派で素敵ね」
大聖堂を見上げていると広報が二人を見つけ、取材を続行し始めた。
大聖堂はいつも見学者などで混雑しているが、今日はデートの取材のため人払いをしている。
静かな大聖堂内へ入り、内部を見学する。厳かな雰囲気が伝わってくる。クラルテとベランジェはステンドグラスとバラ窓を見たりして見学をした。二人は一通り見学し終えると、長椅子に座って正面の祭壇を眺めながら話し始める。
「ここでベランジェと結婚式をするのね。夢のようだわ」
「ああ、俺もだ」
ベランジェはクラルテと見つめ合い同意する。広報は幸せそうな二人の様子を記録に残す。
「実はまだ全然実感わかないの。わたし、結婚しようと考えていなかったから」
クラルテは顔を伏せ、小さい声で呟く。今まで誰にも言わなかったことをベランジェへ話し出す。
「ベランジェと、という意味じゃなくて結婚自体がという意味よ。わたし、将来はシスターになろうかと思っていたの。父も亡くなって一人になってからは寂しく思うことが多くて。ずっと村にいたいという気持ちと色々思い出したりして寂しい気持ちがあったりしてそう思ったの。牧師さまの手伝いもしていたし、シスターになれば神様の存在を近くに感じられて奉仕できるなら寂しくないかなと思ったの」
ベランジェはクラルテがそんなことを考えているとは思っていなかったので驚く。クラルテにとって寂しさが耐えがたい苦痛になることを心に留める。
「今でもシスターになるのと俺との結婚を迷ったりしているのか?」
「迷ってないわ」
クラルテはハッキリと答える。
「好きな人ができてしまったんだもん。もうシスターにはなれないわ」
頬を染めてチラッとベランジェに視線を送る。クラルテはベランジェの事を考えたり、彼がそばにいてくれると心が満たされて幸せになる。その幸せを知ってしまったクラルテは神様に奉仕はできないと考えた。
「だから、できる限りずっとわたしのそばにいてね」
ベランジェはクラルテの手を重ねる。婚約指輪の感触が気持ちを確かにする。
「もちろんだ、絶対に離れはしない。約束する」
クラルテの手をしっかりと包む。クラルテへプロポーズをした日から気持ちは変わっていない。二人は手を取って約束を新たにする。
大聖堂を見学して出た後は整備された川辺のベンチに座って日が暮れるまで二人で話した。
お互いの子供の頃、村での生活や王城での生活、家族や周りの人たちのこと。色々な話をしていたらあっという間に日が暮れそうになってた。
川が視界の正面にあり、広報を気にせず楽しく話して二人は満足げに帰った。
広報取材の依頼から始まった初デートは二人に幸せな思い出を残した。