【短編】大好きな旦那様の【運命のツガイ】が、私ではなかったとしたら?
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着替えが終わったので、旦那様が食事をしている部屋に急いだ。
冬の模様替え前の屋敷の廊下は落ち葉のカーテンレースが綺麗で、少しだけ気持ちが落ち着く。壁に飾ってある肖像画を通り、歴代公爵家の当主とその家族が視界に入る。
ラリオノフ公爵家では大鷲族の血を色濃く受け継ぎ、四大公爵家の一角を担っている。獅子のバロワン家、人魚族のメイザース家、竜族のワン家が存在し、人外の能力と魔法を操ることができる。そんな彼らのツガイは人族から選ばれることが多い。魔法も身体能力も彼らの足下にも及ばない人族。しかし感情豊かで、心を穏やかにする特徴を引き継いでいるため、ツガイを得ることで彼らの攻撃性が溺愛に変わるらしい。
それが彼らの言う【運命のツガイ】の最大の祝福らしい。ただこれは人である私にはピンとこないのだけれど、彼ら亜人族は匂いや見たら分かるという。晴れて【運命のツガイ】と結ばれると番紋が生じる。結婚の証のようなもので、双方が両思いにならないと番紋が現れない──と言うのが、この国での常識だったりする。
でも一ヵ月後にそれが覆るのだ。旦那様は私を【運命のツガイ】であることを急に否定した。亜人族のツガイ認定は、匂いや見た目つまりは本能的な感覚に近い。生物的な感覚なのだとしたら、旦那様の思い込みで私を【運命のツガイ】だと誤認していた?
あるいは本当の【運命のツガイ】に出会って、私が偽物だと思ったのかもしれない。だとしたらそれは悲劇だわ。あれだけ愛を注いでおきながら勘違いだなんて、悲しくもなる。それは私ではなく、私の纏っている匂いを見て選んだというのも大きいだろう。
でも商人の娘が公爵家に嫁ぐことを許可されたのも、その【運命のツガイ】の相手だったからであって、もし人同士であれば大貴族と商人の娘では周囲から大反対されていただろう。
旦那様の発言に、嘆いていても何も始まらないもの。
まず優先順位と最悪の未来を回避する、そう無理矢理気持ちを切り替えることで、決意を固める。元々商人の娘だから、引き際というのは弁えているつもりだ。
旦那様の居る部屋の前で深呼吸をした後、ゆっくりと扉を開けた。