「妖精の国」のおとぎ話
冬の空は、すっかり黒一色に塗り変えられている。
(そんな話がまかり通るものか!)
栞の挟まれた童話集を投げ捨て、青年は豪奢なベッドから立ち上がった。すらりとした長身に無駄な肉はついておらず、眼光は鋭い。
近くに控えていた従者が、苦笑いを浮かべて本を拾う。
「相変わらずだね、石頭」
「この国で俺をそう呼ぶのはお前くらいのものだぞ、リヒト」
「二人きりのときなんだから許してよ、レイ。それで? “花嫁”との結婚がそんなに不満?」
「当たり前だ。田舎で悠々暮らしていた庶子を引っ張り出しておきながら、条件付きじゃないと国王になれないだと? お前も王族の血が流れてるんだから、お前がなれば良かっただろう。なあ、従兄殿?」
静かな声に怒りが混じる。睨みつけられてもリヒトは笑みを崩さず、本の表面を軽く払ってレイと呼ばれた青年へ返した。レイはそれをベッドの上に無造作に放り投げる。
「僕の母は確かに王族だったけど、今は臣下に嫁いだ身だし、僕は国王の器じゃない。だから君を探すことに反対しなかったって言っただろ? それに、人間の世界なんて、どこに行ったってルールに縛られているものじゃないか。いい加減、馬に乗って故郷に帰ろうとしたり、城下に一人で出掛けたりしないでほしいな。尻拭いをするのは僕なんだから」
「尻拭いをできる人材が近くにいるんだ。能力を発揮させて何が悪い」
リヒトの溜め息にレイは軽く鼻を鳴らした。
「ところで、“花嫁”はちゃんと来たんだろうな」
「昨日連れて来たよ。君とは気が合いそうで不安なんだけど」
「どういう意味だ?」
「なんかこの城に来た頃の君と似てて……って、なんでもないよ。まあ、結婚式が終わるまでの付き合いだと思って。愛想笑いだけは忘れないようにね」
リヒトは部屋の隅まで言いながら移動し、ドアを開けた。
「さあ、儀式の時間です。国王陛下」
リヒトの声を聞き、弾かれたのように外で控えていた兵が敬礼をする。レイは不機嫌を隠そうともせず、硬い表情のまま部屋を後にする。室内は暖炉のおかげで暖かかったが、外はかなり冷えていた。
「まだ時間に余裕はありますから、何かせめて中にもう一枚くらい着ては?」
「俺を舐めるな。この程度、何でもない」
ひょっこり部屋から顔を出したリヒトを振り返ることなく、レイは大股で去ってしまった。黒い短い髪が、動きに合わせて跳ねているのさえ怒りのせいに見える。
(まったく意地っ張りだなあ。風邪を引かれたら困るし、ここはひとつ、フィフィーさんにお願いしますか)
リヒトは部屋を出ると、レイとは反対の方向へ廊下を進んだ。
(そんな話がまかり通るものか!)
栞の挟まれた童話集を投げ捨て、青年は豪奢なベッドから立ち上がった。すらりとした長身に無駄な肉はついておらず、眼光は鋭い。
近くに控えていた従者が、苦笑いを浮かべて本を拾う。
「相変わらずだね、石頭」
「この国で俺をそう呼ぶのはお前くらいのものだぞ、リヒト」
「二人きりのときなんだから許してよ、レイ。それで? “花嫁”との結婚がそんなに不満?」
「当たり前だ。田舎で悠々暮らしていた庶子を引っ張り出しておきながら、条件付きじゃないと国王になれないだと? お前も王族の血が流れてるんだから、お前がなれば良かっただろう。なあ、従兄殿?」
静かな声に怒りが混じる。睨みつけられてもリヒトは笑みを崩さず、本の表面を軽く払ってレイと呼ばれた青年へ返した。レイはそれをベッドの上に無造作に放り投げる。
「僕の母は確かに王族だったけど、今は臣下に嫁いだ身だし、僕は国王の器じゃない。だから君を探すことに反対しなかったって言っただろ? それに、人間の世界なんて、どこに行ったってルールに縛られているものじゃないか。いい加減、馬に乗って故郷に帰ろうとしたり、城下に一人で出掛けたりしないでほしいな。尻拭いをするのは僕なんだから」
「尻拭いをできる人材が近くにいるんだ。能力を発揮させて何が悪い」
リヒトの溜め息にレイは軽く鼻を鳴らした。
「ところで、“花嫁”はちゃんと来たんだろうな」
「昨日連れて来たよ。君とは気が合いそうで不安なんだけど」
「どういう意味だ?」
「なんかこの城に来た頃の君と似てて……って、なんでもないよ。まあ、結婚式が終わるまでの付き合いだと思って。愛想笑いだけは忘れないようにね」
リヒトは部屋の隅まで言いながら移動し、ドアを開けた。
「さあ、儀式の時間です。国王陛下」
リヒトの声を聞き、弾かれたのように外で控えていた兵が敬礼をする。レイは不機嫌を隠そうともせず、硬い表情のまま部屋を後にする。室内は暖炉のおかげで暖かかったが、外はかなり冷えていた。
「まだ時間に余裕はありますから、何かせめて中にもう一枚くらい着ては?」
「俺を舐めるな。この程度、何でもない」
ひょっこり部屋から顔を出したリヒトを振り返ることなく、レイは大股で去ってしまった。黒い短い髪が、動きに合わせて跳ねているのさえ怒りのせいに見える。
(まったく意地っ張りだなあ。風邪を引かれたら困るし、ここはひとつ、フィフィーさんにお願いしますか)
リヒトは部屋を出ると、レイとは反対の方向へ廊下を進んだ。