「妖精の国」のおとぎ話
 レイの寝室に戻ると、早速ベッドにフィフィーを寝かせた。
 そのまま離れようとすると却って胸元に強くしがみつかれ、レイは諦めてフィフィーに添い寝する形になる。
「うーん。色気が足りないから、兄妹のお昼寝みたいだね」
 空いたベッドの隅にリヒトが腰掛け、苦笑いを漏らす。
「どうしてお前も一緒にベッドにいるんだ」
「いや、一応城内を信頼してはいるんだけど、なるべく小声の方がいいかと思って」
 すやすや眠るフィフィーを起こしてしまわないだろうか、とレイは心配になったが気持ち良さそうに寝息を立てていた。
「まず、君は求婚をしたわけだね。フリじゃなくて、本気の」
「ああ」
 何度も確認をするリヒトにいつものようなふざけた雰囲気はない。レイも真面目に頷いた。
「この国の法律上、王が形式に則って行った正式な求婚を取り消す方法はないんだ。たとえ相手が人間じゃなくてもね」
「分かってる」
「議会がどんなに騒いでも、国民がデモを起こしても、君の妻はフィフィーさんだけになる。それも分かるよね?」 
「ああ」
「ちょっと君が国民に向けたパフォーマンスとして行ったんじゃないか、なんて思っててごめん。だけど、妖精にとってはこの婚姻は危険そのものだよ。それは考えた?」
 リヒトの言葉にレイは冷や水を掛けられたような気持ちになった。
 あの指輪は正式な求婚、ひいては正式な婚姻に必要なものだから肌身離さず持っているよう言われたものだった。だからこそ、結婚式の場にも持って行ったのだ。
 自身の口から出た言葉に偽りはない。フィフィーを美しいと思ったし、共にいたいという気持ちは本心からのものだった。フィフィーもそうであったら、とまで願った。
 そのとき、フィフィーや妖精のことは一欠片も考えていなかった。
「妖精が国王の妻になる。それは人間が(きさき)になった場合の危険に加えて、妖精を狙う人々からも追われる身になるってことだよ。コレクターだけじゃない。妖精を架空の生物だと思っている人たちからも、政治的に国王の妻の座が欲しい人たちの標的にされる。君はそのとき守り切れるの?」
 耳が痛い言葉に、レイは奥歯を噛み締めた。
 庶民だったときには出会うはずもなかった存在。浮かれていたとしか考えられない。
 王なら法律も変えられる。だが、変えるまでにフィフィーが誰かに命を狙われたら?
「僕個人としては君の選択を尊重するよ。君とフィフィーさんはよく似ている。ある程度関係が深まっていけば、お互いを理解し合える唯一無二の存在になるかもしれない。でも」
「でももけどもあるか。もう道を選んでしまったら分岐点になんて戻れない。だから明日から剣の鍛錬の時間を増やす。勉強の時間も増やす。たとえ命を削ってでもな。付き合ってくれるか」
 言い募るリヒトの考えは決して誤りではない。だが、レイもあのときの選択を今もこれから先も後悔しないためには何をすべきか考えることにした。
「僕は睡眠時間まで削る気はないから、可能な範囲でなら付き合うよ」
「感謝する」
「君の決意が硬いのは分かったけど、やっぱり明日フィフィーさんに意思の確認は必要だろうなあ」
「そうだな。それでもし、互いの意思が確かで、皆が反対するなら、俺は国王を辞める。そのときには、お前が王になれ。ガーデンと名の付く家は皆、王家から分かれているんだろう?」
 リヒトは大きく伸びをし、立ち上がる。
「そうだね。あんまりあてにはならないけど、うちのグリーンガーデン家が一番血統的に近いからね。いざというときは何とかしてみせようかな。あ、一応言っておくけど、君ほどじゃないけど、フィフィーさんは今日猫を被ってたんだよ。明日、本当の彼女に会ってびっくりして。とっても面白い子だから」
「おい、どういう」
「そのままの意味だよ。あーあ、すっかり遅くなっちゃった。また明日ね」
 ひらひらと手を振り、軽い足取りでリヒトは部屋を出て行く。
 二人きりになってもなおフィフィーはレイの服を離さない。
 フィフィーの頬にそっと手を当てると、少しだけあたたかくなっている。
(絶対後悔はさせないから。だから早く元気になってくれ)
 レイは考えを巡らせながら、フィフィーの顔を一晩中眺めていた。
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