黒薔薇の悪女は、カピバラ侯爵様の餌付けに成功したらしい?
1 目覚め
「レティーシャ。大丈夫か!?」
目を開けると、目の前に金色の豚……?
ではなく、ぽっちゃり体型の、二十代半ば位の金髪男性が見える。前髪の長さが鼻まであって、表情がわからず不気味だ。
私はその男性の腕の中にいた。
「だ、誰!? 放してっ」
私はその男性の胸を強く押すが、柔らかい弾力に跳ね返されるだけだった。
「わわっ、すまない。でも、身体は大丈夫か? 痛いところはないか?」
痛いところ……? 私は朝の日課のウォーキングをしていたはず……。
辺りを見回すと、洋館のような建物だった。白壁の廊下には大きな絵画が何枚も飾られている。
格子窓からは、夕陽を思わせるオレンジ色の光が差し込んでいた。
しばらく混乱していたが、段々と意識がはっきりとして、自分の置かれている状況が理解できた。
私、レティーシャ・ワルソンは、夫であるこの目の前の男性、ケリス・ワルソンと口論になった。というより、一方的に罵倒していたが正しいが。
そして、怒りに任せて歩いた時に、スカートの裾を踏んで転倒したのだった。
その衝撃によってなのか、私の前世は、山野玲奈という人物だったことを思い出した。
「あの、ケリス様。もう大丈夫ですわ」
「あ、あぁ、そうか」
ケリスに支えられながら、立ち上がった。
「ありがとうございます」
私がお礼を言うと、彼が息を呑んだ。
「え、君、今……。頭でもぶつけたのか……?」
独り言のように呟いた言葉、しっかり聞こえてますよ。
でも、そう思われても仕方ない。私はさっきまで、相当酷い仕打ちを彼にしてきたのだから。
私は夫が大嫌いだった。結婚してからの一年間、寝室は別々、食事も一緒にとったこともない。とにかく、夫とは一緒にいたくなかった。
『こんなに前髪を伸ばして鬱陶しい』
『なんてだらしのない身体なのかしら、見苦しい』
『もっとハッキリと話されたらどうなの』
顔を合わせば、彼に暴言を吐いていた。
先程も、三ヶ月後に開かれる王家主催の舞踏会の、参加について揉めていた。いつもみたいに病気だといって欠席するつもりだった。侯爵夫人の務めなんて果たす気はなかったのだ。
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