黒薔薇の悪女は、カピバラ侯爵様の餌付けに成功したらしい?
2 カピバラです
テーブルを挟んで、ケリスと向き合って座る。こうやって一緒に食事を取るのは、結婚当初以来、約一年ぶりかもしれない。
玲奈の記憶を思い出した私は、ケリスとディナーを共にすることにした。いくら政略結婚だからといっても、夫と仲が悪いのは嫌だった。それにケリスは善人そうなのだ。
こんな人を今まで虐めていたなんて、良心の呵責に苛まれた。
玲奈の両親は小さな洋食店を経営していた。仲の良い夫婦だった。私も両親みたいな結婚をするのが夢だったのに、アラサーで未婚のまま事故で亡くなってしまったらしい。朝の日課のウォーキング中に、自動車が突っ込んでくるのは覚えている……。
私はブルッと身体を震わせた。
「ど、どうした? 口に合わないか?」
手が止まっていたので、ケリスから気遣うような声を掛けられた。
「え? いえ……。そんなことはないです。とっても美味しいですわ」
慌てて料理を口に運ぶ。しっかりと煮込まれたお肉が口の中でとろけた。
ケリスの方をチラリと伺うと、彼は肉を口に運び、もくもくと咀嚼している。
「!」
なんなの、この可愛い生き物は!
さっきから何かに似てると思っているのだけど……。
金より少し茶色がかった髪に、丸みのある長い鼻。ゆっくりな動作。
そうだ! カピバラに似ているんだ!
食事を終えナフキンで口を拭っているケリスは、付け合わせの野菜や、サラダには全く手を付けていなかった。
肉食のカピバラか。これでは病気になってしまうわ。どうにかしたい……。
私は暫く考え込んで、おもむろに口を開いた。
「あの、ケリス様。空いている時でいいので、調理場を貸していただけますか?」
「え? ちょ、調理場? 別に構わないが……」
ケリスはぽかんと口を開けた。