不老不死の魔女を愛した男は、不老不死になるため引き継ぎ転生を繰り返す

10

 隣の部屋に続く扉から魔法統括部の長が現れ、その後ろから老夫婦も出てきた。

「本当に救いようのない子ね……」

 大きくため息を吐いた後、自身の娘を見る母親。その様子は娘を憐れに思っているものではなく、軽蔑の色しか写していない。
 アタナシアやカルロに見せていた笑顔が嘘のようだ。

「事情はさきほどのお話でよくわかりました。カルロさんの言うようにしよう。すぐに始めようか」

 もう隣人や関係者には許可をとっている。そう口にした長。
 近くにいた店員達はすぐに女を取り押さえる。困惑している女は抵抗する余裕もない。
 
 母親の眼差しに恐怖した女は、父親を見て説明を求めた。
 
「どういうこと? あの人はあたしに何をするつもりなの?」
「前に話しただろう? ただ記憶を消すだけだよ。怖いことは何もないからね」
「本当にあたしの記憶を消すの? なんで? 助けてよお父さん」
「……これだけ迷惑をかけても、君は保身に走るんだね」

 残念だ。そう呟いた父親。
 長が女の前に立って1枚の紙を取り出した。

「記憶を消されたらあたし、どうなるの?」
「息子のことを忘れるだけだ。記憶障害として病院に一生隔離とはなるがな」
「一生隔離!? 嫌よそんなの!」
 
 慌てて抵抗を始めたがそれも無駄だった。あらかじめ用意していた紙に書いた魔法陣を女に貼り付け長と一緒に消えた。
 これから魔法統括部にて記憶抹消の儀式が執り行われることだろう。

 そこからは物事は滞りなく進み、女は訳もわからず病院へと隔離。
 最初はかなり暴れたが、誰も相手にすることはなかった。

 ・ ・ ・
 
 一方、アヴィゲイルは謝罪をしたいと申し出て、カルロとアタナシアに頭を下げて謝罪をした。
 アタナシアは「気にしていない」とあっさりと許した。
 カルロも「アタナシアが許すなら俺も別に構わない」と咎めることなく謝罪を受け入れた。

 拍子抜けのアヴィゲイルだったが、許してもらえたことに感謝の言葉を述べた。
 また国王様(お父様)と改めてお詫びをしたいと言われたが、アタナシアは全力で断った。
 カルロも嫌そうな顔をして、無言で圧をかけていた。
 そろそろ2人とも面倒なもの全て断りたかったのだ。


 アヴィゲイルとの話も終わり、やっと解放されたとアタナシアはソファへと倒れ込んだ。

「もう50年分くらい人と接したんじゃないか? 顔が痛い」
「アタナシアは会話をしてなさすぎるだけだろう」

 カルロは家を出る準備を済ませた後、アタナシアの付き合いで一杯だけワインを飲んでいた。

「アタナシア、俺は後どのくらいで不老不死になれると思う?」
「そうだな…………引き継ぎ転生5回くらいか」
「意外と少ないな」
「すでに数をこなした君だから言えることだろうな」

 引き継ぎ転生は、慣れれば楽勝という類には含まれない。
 理由としては、引き継ぎ転生の方法は毎度違うからだ。
 死に場所や死ぬタイミングを見極める必要があり、少しでもズレてしまえば、この世界に生まれ落ちることは不可能となる。
 それほど困難なものなのだ。
 それを恐怖に怯えず、弱音も吐かずこなせるのはカルロくらいだろう。

「無理はするな。慌てて命を落とすな。あと、途中で好きな相手やずっと居住したいと思える場所ができたら教えてくれ」
「気にかけてくれるのか?」
「このくらい当たり前だろう」

 指だけを動かしカルロの鞄へと何かを入れていく。

「それは?」
「私お手製の保存食だ。あと、これも渡しておこう」

 ドラゴンの鱗を使った首飾りだ。お世辞にも綺麗とは言えない、ただ鱗に穴を開けて紐に通しただけのものだった。
 だが、カルロは愛おしそうにそれを見つめ、「大事にする」と鞄に仕舞い込んだ。

「それは肌身離さず身につけておいてくれ。もし誤って死んでも、生き返ることのできる特別性なのだから」

 ドラゴンの鱗は煎じて飲めば活力が湧き、大きな力が使えるようになると言われている。
 また、魔法をかけることで別の用途で使える方法もある。それが復活の魔法だ。

「もしかして俺が捕まえたドラゴンの?」
「そうだ。人慣れしていなくて私の前くらいしか現れないが」
「だから見たことがなかったのか……」

 捕らえられ、籠に入れられ、それが怖かったのだろう小さなドラゴンは、放し飼いで過干渉ではないアタナシアを気に入っている。
 鱗は小さなドラゴンから少しずつ分けてもらったもの。まさか自分を捕らえた相手への贈り物に使っているとは思いもしないだろう。
 だが、元々アタナシアはカルロのため万が一に備えて、ドラゴンを飼いたいと思っていたのだ。

「アタナシア、君は不老不死になる時なぜ20代を選んだんだ?」
「年齢で何か制限されることもないし、1番無理もできる歳だと思ったからだ」
「なるほど。じゃあ俺も20代にしよう」
「そうだな。それがいいだろう。……それにしても、本当に不老不死になって私と一生を過ごすつもりか?」
「今更だな。そのつもりだよ」
「こんなババアを好きになるなんて、カルロは本当に変わった人間だ」
「そんなことはない。アタナシアを知ったらきっと誰もが好きになってしまう。だから、君はずっとここにいてくれ」

 さらりと独占欲を見せるカルロ。
 恥ずかしさを紛らわすために、思わず平手打ちを食らわせそうになったアタナシアだった。
 なんとか手に入れた力を抑え、深呼吸。

 
 魔女は生まれてこの歳まで、恋愛をしたことはなかった。
 だから甘い雰囲気に耐性がなかった。

「アタナシアは素敵だ」
 
 青年は優しく低い声色で耳元で囁く。
 ひどく動揺した魔女は、青年を家から追い出し裏返った声で、迫力のない声で「帰って来るんじゃないぞ!」と言い放った。

 今日、青年が初めて大笑いした日となった。
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