不老不死の魔女を愛した男は、不老不死になるため引き継ぎ転生を繰り返す

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 深い森の中。こぢんまりとした木の家に住む1人の魔女。見た目年齢は20代そこらだ。
 魔女はあることをきっかけに不老不死の呪いにかかり、今はぐうたらと森で過ごしている。
 
 人が誰も来ない深い森は、魔女アタナシアにとって最適だった。
 

 魔法で作った畑から野菜を収穫。季節関係なく育つ畑は、たくさんの種類を実らせていた。
 
 少し歩くと、小動物たちがアタナシアに挨拶をするかのように鳴く。
 切り株にはたくさんの木の実を置いている。
 その木の実を受け取り、少し畑から離れた場所にある果物をもぐ。もいだ果物を小動物たちに渡すと、その場で嬉しそうに食べ始める。
 それを眺めるまでがアタナシアの朝のルーティンだ。
 
 いつもどおりパトロールも兼ねて散歩をしていると、遠くで何やら声が聞こえてくる。
 声の方向へと足を進めると小さな生命体。

「……赤ん坊?」

 おぎゃあおぎゃあと泣くそれは、間違いなく赤子だ。窮屈な木箱に詰められ泣いている。
 誰がこんなへんぴなところに捨てたのか、大体予想はつくが、アタナシアは考えることをやめた。

 木箱に近づいて顔を覗かせれば、赤子はさらに大きく泣いた。

「うるさいうるさい! どうしたら黙るんだ」

 木箱に入っていたラトルをガラガラと鳴らして気を引くが、赤子は違う。と言いたげに更に大きな声で泣く。

(ミルクか? それともおしめ?)

 赤子用のミルクなどどう作れば良いかわからないし、家におむつの代用ができる物など1つも思いつかない。
 何もかも面倒になったアタナシアは、催眠をかけて木箱ごと家に持って帰ることにした。

 アタナシアは長く生きているが、赤子の育て方などわからない。頼れる相手もいない。
 
 だからたくさんの本を購入し、その本の通りに品物を揃えた。
 子に尽くしたのは、生まれて初めての経験だった。

 
 ◇

 
「アタナシア、おはよう」
「おはようカルロ」

 拾った赤子も大きくなり、対話することが可能になった。
 加えて国を傾けるほどの美少年となった。
 親はきっと真っ白な髪と真っ赤な瞳を持つために捨ててしまったのだろう。勿体無いことをしたものだ。
 
 ただ1つ気になる点といえば、表情筋があまり動かないことだろうか。
 いつも澄ました顔をしており、時折見せる笑顔は口角が少し上がる程度。
 表情が乏しいことも、ある意味魅力の1つなのかもしれないが……。
 
 
 カルロは魔法で食事を作り、魔法で出来立ての料理をテーブルに運ぶ。
 アタナシアが魔法で何もかも終わらせてしまうためか、カルロも当たり前のように魔法を学び、魔法を使うようになった。
 師が良かったのか、弟子が優秀だったのか。カルロは数回練習するだけで大体の魔法をマスターした。

「そろそろ君は外に出るべきだよ。好きなところで一生を終えるんだ」

 カルロの作った食事を食べながら、アタナシアは素っ気なく言う。

「俺はアタナシアの側にいたい」
「私は君の面倒を死ぬまで見たくない」

 アタナシアは空になった皿を片付けてティーポットにお湯を入れて蒸らす。
 カルロはアタナシアの側に寄り、手を添えた。
 
「……俺が不老不死になれば、ずっと一緒にいてくれるか?」
「今のままでは無理だ。その魔力量なら、引き継ぎ転生が限界だろう」

 不老不死には膨大な魔力が必要となる。
 カルロは中級魔法使い以上に魔力はあるが、不老不死の呪いを受け止め切れる魔力量は持ち合わせていない。
 
 不老不死を手に入れても後悔するに違いない。魔女と一生を共にするなどさらに後悔するに違いない。アタナシアはそう思った。

 だが、当のカルロは「引き継ぎ転生……」そう口にして黙り込んだ。
 食事をさっさと食べ終え片付けて、一冊の本を引き寄せる。それは引き継ぎ転生についての本だ。
 魔法で一気にページを捲り記憶させ、本を閉じる。

「わかった。まず引き継ぎ転生を成功させよう」

 次に不老不死を成功させる。迷いなくそう口にして、少ない荷物を持ってアタナシアに深々と頭を下げる。

「お世話になりました」
「え」

 一度も敬語を使ったことがなかったカルロ。さらに綺麗なお辞儀ができることに、アタナシアは戸惑いを隠せない。
 
 一体どこで覚えたのか……そう考えたのも束の間、外に出しても恥ずかしくないよう、アタナシアが本を買い与えていたのだ。
 絵が動く特殊な本を。
 

「進捗は手紙で送ろう。絶対に返事を送ってくれ。でないと届くまで君に手紙を出すことになるから」

 アタナシアの返事を待たず、カルロは浮かせた紙の地図をなぞり瞬時にその場から消えた。
 取り残されたアタナシアは「はぁ」と大きくため息を吐いた。

「引き継ぎ転生も相当な難しさなんだが……」

 アドバイスの1つも聞かなかったカルロ。
 そんなカルロに言いたかった文句を、カップに注いだ苦めのお茶と一緒に飲み込んだ。
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