白銀の子守唄 ~年下王太子の甘い執愛
第一章
まるで暗い海に浮かんでいるようだった。
波間を漂うように心もとなく、少し息苦しくて、身体がひどく重い。
(私……どうしたの?)
眠っている自覚はあったが、どうにも落ち着かず、マグダレーナはなんとか目を開けようとした。
「う……う、ん」
重いまぶたを懸命に持ち上げ、まばたきを繰り返す。そうすることで、ぼやけていた視界が次第にはっきりしてきた。
いったい今は何時なのだろう? 大きな窓から差し込む光は明るく、まるで朝のようだけれど。
「ここは――?」
マグダレーナは思わず身を起こした。瞳に映っていたのが、あまりに意外な場所だったからである。
以前は朝に夕に目にしていたクリーム色の壁、神話の女神やニンフが織り込まれた美しいタペストリー、部屋のあちらこちらを飾る繊細な金の浮き彫り――何もかも時間を巻き戻したかのように少しも変わっていない。薔薇色の絹の天蓋がついた大きな寝台もそのままだ。
マグダレーナが目覚めた場所はロンデネルの王宮の一室で、数年前まで暮らしていた優美な部屋だったのだ。
「……どうしてこんな?」
ふいに記憶が蘇ってきた。修道院への道中、突然現れた見知らぬ男にさらわれたはずだった。その自分がなぜロンデネル城で、それもかつての自室で目覚めたのだろう?
「そうだわ。アレンは?」
馬車を走らせてくれた親切な青年はどうなったのだろう? もし賊が彼に何かしていたらどうしよう?
こうしてはいられないと、慌てて寝台から下りようとした時だ。
「レーナ」
ふいに天蓋で死角になっていた一角から呼びかけられた。濁りのない、いかにも若者らしい声だった。