エリート警視正は愛しい花と愛の証を二度と離さない
プロローグ
 追憶が見せた幻かと思った。

 揺れる花の向こう、視界の先に浮か上がった長身の人影。だんだんこちらに近づいてくる様子を佳純(かすみ)は茫然と見守ることしかできなかった。

(そんなはずない……彼がここに来るなんてありえない。きっと人違いだ)
 そうであってほしいと強く願いながらただ立ちすくむ。

「佳純」

 記憶と変わらぬ声で自分の名前を読んだのは間違いなく彼だった。
 大きく跳ねた鼓動がドクドクと鳴り止まない。
 やっと絞り出せた声は自分でも驚くくらいかすれていた。

「なん、で」

 こんな偶然、起きてはいけなかったのに。

 少し息を上げこちらを見つめているのはかつて身も心も捧げ誰よりも愛した、そして二度と会うつもりがなかった人。
 頭の中がどうしようと焦りで埋め尽くされる。この状況を乗り越える方法がなにも思いつかない。

「あの……」

 苦し紛れに口を開いた佳純の足元に小さな存在が抱き着いてきた。

「ママ?」

 その子に気づいた彼の秀麗な顔がみるみる驚愕に支配されていく。
 常に落ち着いていて取り乱すことなどなかった彼のこんな表情、一度も見たことはなかった。
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