エリート警視正は愛しい花と愛の証を二度と離さない
 真夏は傷みがはやいので生花を買い求める人は少なかったが、9月に入ったここ数日気温下がったためか客足が増えてきている。
 一日中接客やブーケ作成、電話応対などをしているとあっという間に一日が過ぎていく。
 忙しい方がありがたくて、佳純はいつも以上に熱心に仕事に取り組んだ。

 店の営業は通常九時半から十九時までだが、シフト制のため、佳純は17時半で仕事をあがる。

「お先に失礼します」
 
 遅番のスタッフに声を掛け、退勤した佳純は歩いて十分ほどのアパートに向かう。
 築二十五年の昔ながらの賃貸アパートの階段を上がった二階の一室が佳純がひとりで暮らしている部屋だ。

「ただいま」
 ドアを開けると1Kの狭い部屋にこもった生暖かい空気が家主を迎える。
 キッチンで手を洗った佳純は換気扇のスイッチを入れ、窓を開け部屋の空気を入れ替える。
 壁掛け時計を見ると時刻は十八時前。今日は二十一時からスーパーの夜間清掃のバイトが入っている。

「この時間なら病院に行け――」

 無意識に出た自分の言葉にハッとする。

「違う……もうお見舞い、いかなくていいんだ」
 
 数秒固まった後、佳純は小さくため息をついた。
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