大好きだけど、結婚はできません!〜強面彼氏に強引に溺愛されて、困っています〜
 春が訪れたばかりの川の水は、冷たい。水をずっしり含んだ尻尾が(おも)しになって、川の底へと沈んでいく。シマリス獣人のわたしは、寒すぎると冬眠してしまうのに、うっかり川に落ちてしまったのだ。

 揺れる水面、沈む身体、薄れる意識。

 そのとき、水中を飛ぶような速さで青いもの──いや、青髪の人がわたしに向かって泳いでくるのが見えた。伸びてきた手に腕をガシッと掴まれたけど、私の意識はそこでぷっつりと途切れてしまった。


 ◇


「やあ、目覚めたね」
「……えっと、あの、わたしは……?」
「川で溺れたのは覚えている? 診療所に運ばれた時には、冬眠をはじめていて三日間眠っていたんだよ」

 先生の質問に記憶をたぐり寄せながら、うなずいた。
 湯気ののぼる胡桃粥(くるみがゆ)を受け取って食べると、優しい味が身体に染みていく。活けてある花は、お見舞いに贈られたものだと聞いた。

「先生、助けてくれた人のお名前は?」
「リュークと名乗っていたよ。橋を渡った鍛冶屋で働いていると言っていたから、あとでお礼に行くといいよ」

 身体に問題なしと診断され、退院した。街にただよう春の匂いは強くなっていて、鼻をひくひくさせてしまう。
 
「明日、お礼にいこうかな?」

 つぶやきながら、家路につく。
 お礼にキッシュを焼こう。わたしの夢は、自分のキッシュ屋をひらくこと。お世話になっているパン屋で売り子をしながら、キッシュも置かせてもらっている。

 キッシュは、人族の郷土料理。パイやタルト生地の器の中に、チーズや様々な具を加えてオーブンで焼きあげて作る。みんな大好きで嫌いな人はいないからお礼にぴったりだと思う。

 キッシュ作りをはじめた。助けてくれた人ってどんな人なんだろう? 好き嫌いはあるかな? 喜んでくれるかな? 中身に悩んだけど、定番のほうれん草とベーコンのキッシュ、試作を重ねてきた菜の花と海老のキッシュを選んだ。

 オーブンからいい匂いが立ちのぼりはじめた。


 ◇


 
 春らしい水色の空に、やわらかな雲が流れている。橋を渡り、恩人のリュークさんが働く鍛冶屋にたどり着いた。

「こんにちは。リュークさんはいらっしゃいますか?」
「リュークに用事? ああ、リュークが助けたリス獣人って君のことかな」
「はい、今日はお礼に来ました」
「もうすぐ戻るから、商品見ながら待ってて」

 リュークさんが作ったものを見せてもらう。高そうな剣や刀もあるけど、お洒落な生活雑貨も沢山置いてあった。淡い桜色のタンブラーに惹かれて手に取る。光の当たり方で色が変化するのが楽しくて、くるくるまわす。
 こんな素敵なものを作るリュークさんに会うと思うと、胸がそわそわする。

「なあ、タンブラー、回しすぎ」
「っ、す、すみません!」

 低い声に、慌てて棚に戻した。振り向くと、逆立てた青髪に金色のメッシュ、赤くて鋭い目つきの男性が腕組みをして睨んでいる。怖くて尻尾がぼわっと膨らみ、立ちすくむ。

「リュークおかえり。リスちゃん、リュークは見た目は少し怖いけど、いい(ヤツ)だから」

 いつの間にか隣に来ていたトナカイ獣人は、わたしの背中を遠慮なく押した。色々心の準備ができていなくて、リュークさんの前に勢いよくつんのめる。

「おい、大丈夫か?」

 心配する声にそろりと顔をあげる。リュークさんは、わたしに手を差し伸べてくれていた。
 ああ、溺れたときに助けてくれたのは、腕を掴んでくれたのは、リュークさんのこの手だったと実感する。
 見た目は怖いけど、優しい人だとわかったら頬が緩んでいく。
 
「リュークさん、この前は溺れていたのを助けてくださって、本当にありがとうございました! お見舞いのお花、すごく嬉しかったです。キッシュを焼いたので、よかったら食べてください」

 感謝の気持ちを込めて、キッシュをぎっしり詰めたバスケットを渡した。

「これ、作ったの?」
「はい! わたしはミーナと言います。街にあるパン屋でキッシュを作っています」
「……ミーナちゃんって言うんだな。元気になってよかった──俺、キッシュすげー好きだから嬉しい」
「本当ですか? 新作も作ったので、みなさんで食べてください」

 バスケットをのぞき込むリュークさんに、キッシュの説明をした。赤い瞳をきらきらさせて聞いてくれるリュークさんに、なんだか胸がくすぐったい。

「すげー旨そう。ありがとな」
「こちらこそありがとうございました──わっ!」

 帰ろうと思ったら、トナカイの(つの)がニョキっと現れた。バクバク跳ねる心臓を押さえて、トナカイ獣人を見上げた

「ごめんね。へえ、すごく美味しそうだね。ミーナちゃんは、まだ時間あるの?」
「えっ、はい。今日はお休みなので時間は大丈夫ですけど……?」
「新作なら、感想聞きたいんじゃない?」
「あっ、それは聞けたら嬉しいですね……?」

 みんなで食べてくれるのかなと首を傾げる。トナカイ獣人は、そうでしょう、とにこにこ笑ってうなずく。

「リュークは今から昼休憩だから、一緒に食べて感想聞いておいでよ」

 トナカイ獣人に力強く背中を押される。
 戸惑いの声をあげているのに、わたしもリュークさんも店の外に追い出され、唖然とした。リュークさんと顔を見合わせて、吹き出した。

 


 
 青空にもくもくした雲が浮かび、庭の向日葵が元気に咲いている。リュークとわたしは、休みになると会うようになっていた。

 今日は、秋の新作『秋鮭とキノコのキッシュ』と『ごろごろ栗のキッシュ』の試食をお願いしていた。リュークが秋鮭のキッシュに迷わず手を伸ばす。

「リュークってお魚好きだよね?」
「おう、ペンギン獣人だからな」
「リュークって人族じゃなかったの?!」

 リュークの返事にびっくりして、目がまんまるになった。

「ん、言ってなかったか?」
「聞いてない! 全然わからなかった……」
「よく言われる。でも、ミーナのこと助けられたのも、泳ぎの得意なペンギンだったからだぜ」
「ペンギンは、水を飛ぶように泳ぐって言うもんね。本当にありがとう」

 美味しそうに頬張るリュークをじっと見つめる。
 リス獣人のわたしは、耳と尻尾がシマリスっぽい。リュークにペンギンらしさを探しても、クチバシはないし、腕も羽毛は生えていない。じろじろ見ていたら、ニカッと笑ったリュークと目が合った。
 
「ミーナはわかってないな。このワイルドな髪とイカした金髪が特徴だぜ」
「その髪型、ペンギンの特徴だったんだ!」
「超カッコイイだろ!」
「えっ、怖い人だと思ったよ」
「えっ、マジ?」

 鍛冶屋で思っていたことを口にしたら、栗のキッシュを持ったまま固まっている。怖いのに、かわいい。

「うん、マジ。今は怖くないよ。怖い気持ちは、どんぐりと一緒に埋めちゃった」
「なんだそれ」

 リュークと視線がぶつかって、一緒に笑う。ずっとこんな時間が続いたらいいなと思うと、心臓がムズムズする。

「ミーナ」

 笑っていたリュークの顔がまじめになったので、つられて尻尾を正した。

「俺、鍛冶屋をひらくのが夢なんだ」
「? うん」
「もうすぐ親方から独り立ちの許可が出そうなんだ」
「おめでとう! 今度、お祝いしなくちゃだね」

 なぜこんな話が始まったかわからないけど、夢が叶いそうなリュークの話に自然と笑顔になっていく。

「春になったら、故郷に戻って鍛冶屋をやる。故郷に帰ったら、ミーナに会えなくなる」
「え…………?」

 リュークと会えなくなるなんて、考えたことがなかった。これからも会えるって思っていたから、驚きすぎて言葉も出てこない。
 
「俺、ミーナのことが好きだ──ミーナが作るキッシュも旨いし、ちっさい口で食べてる仕草もかわいいし、がんばって働いてる姿も好きだ。ミーナの大事なもんが、全部ここにあるの知ってるから、好きだって言わないで、友達のまま別れようと思ってた。でも、」

 言葉を切ったリュークに見つめられる。赤い瞳に熱がこもっていて、目をそらせない。

「やっぱりミーナが好きだ! 俺の故郷で結婚してほしい! でも、だめならキッパリは無理だけど、諦めて故郷に行く」
「……キッパリじゃないんだ?」
「キッパリは無理だろ?」

 真面目な話だったのに、リュークが拗ねたように笑うから吹き出してしまった。緊張してたのがほぐれて、素直な気持ちが口からこぼれる。

「わたしもリュークが好き。でも、一緒にリュークの故郷に行くのは、ごめん──自信ない」

 ペンギンの住むのは、北にある氷の国。寒すぎると冬眠してしまうリス獣人のわたしが、一年中氷のある国で暮らすのは無理だと思う。

「だよな…………、? えっ、マジ? ミーナ、俺のこと好きなの?」
「えっ、う、うん……」
「ミーナ、悪い! 俺、諦めるの諦めたわ。好きな子に好きって言われて諦めるなんて、絶対無理」
「ええ──っ?!」
「ペンギンは結婚する(つがい)相手を決めたら一生変えないんだ。俺は、ミーナがいい。お試しでもいい! 春まででもいい! 俺と付き合ってほしい」

 変わり身の早さに素っ頓狂な声をあげたのに、リュークがニカッと笑ったから、つられて笑ってしまった。
 向日葵にしましまの種がずっしり実る頃、わたしとリュークは春までの恋人になった。





 コスモスの花が風で揺れる。リュークと付き合ってから季節が少し進んだ。

「ミー、ほら」

 赤い瞳は、熱くて甘い。見た目は怖いのに、態度が甘々なんて本当にずるいと思う。わたしは、リュークをどんどん好きになっていく。

 目の前に差し出された焼き栗。香ばしい匂いに鼻をひくひくさせて、口をあける。もぐもぐ食べていると、ごつごつした手に茶色の髪やちょっと丸い耳を撫でられる。美味しいし、気持ちいい。目をとじて、どっちも味わう。

「かわいい。ほんと、かわいいな」

 リュークの親指の腹がわたしのくちびるをなぞる。目をあけると、愛おしそうに見つめているリュークと目があった。

「ついてたぞ」
 
 大きな口で笑うリュークが格好いい。いつもは鋭い瞳が、わたしにやわらかく細められるのを見ると、胸がぎゅっとして、鳴いてしまう。

「きゅう」
「ミーの声、かわいい」
「うう、恥ずかしいよ」

 きゅうは、好きの声。リュークと一緒にいて、好きがあふれると勝手に喉が震えてしまう。リス獣人の本能なんだけど、やっぱり恥ずかしい。尻尾をたぐり寄せて、顔をうずめた。

「はあ、ミー、それ、かわいいだけだからな」

 よしよし、と宥めるように撫でられる。

「きゅう、きゅう」
「ん、俺もすげー好き。ミーの顔見たい」

 きゅうう、と鳴いて顔を上げた。熱を持った頬にリュークの手を添えられる。

「ミー、好き」
「うう、もう、リューク、声が止まらなくなっちゃうよ……」
「俺はすげー聞きたい。ミー、だめ?」
「きゅう」
「マジかわいいんだけど」

 リュークのキスはくすぐったい。まぶた、頬、鼻先、額へ大きなくちびるがついばむ音を立てていく。ちゅ、と甘い音が鳴り、きゅう、と甘える声が鳴く。リュークのキスは心がふわふわして、気持ちいい。
 リュークの髪に手を伸ばして、指を絡める。青髪はツンツン硬いのに、金髪はふわっとやわらかい。もっとリュークに触れたい。

「ん、ミー、もっと?」
「きゅうう」

 わたしが返事するより先に、好きの声が甘えた音で鳴く。ククッと吐息で笑ったリュークに唇を塞がれて、キスが深くなる。大きな口のリュークは、舌も肉厚で大きい。わたしの小さな口はリュークの味でいっぱいになって、水音も好きの声も止まらなくなった。

 リュークのキスは、長くて気持ちいい。厚くて熱い舌になめられ、吸われ、からまれる。触れ合っているのは口なのに、きゅう、と甘える声で鳴くとお腹の奥もきゅう、とせつなく震える。
 もっともっとリュークに触れたくて、触れてほしくて、わたしの小さな舌もいっぱい伸ばす。リュークの首に腕をまわして、体温を近づけた。ちゅ、ちゅう、ひな鳥みたいにリュークをねだる音が、唇からこぼれていく。

「ミー、もっと?」
「ん、うん……」
「ほんと、かわいすぎ」
「きゅうう」

 好きの声は、求愛の声。
 リュークに触れたくて、甘えたくて、離れたくない。ほんの数センチの距離がさみしくて、離れたばかりのリュークの唇にわたしの唇を重ねた。フッと笑ったリュークの吐息も甘くて、愛おしくて甘く噛む。
 リュークは、わたしを軽々と持ち上げてベッドへ優しくおろした。

「今日、泊まってけ」

 リュークの熱の籠った視線に、体温が上がる。うなずくのと、好きの声が鳴いたのは同時だった。





 赤や黄色に染まっていた葉も、木の枝から落ちていく。冬の足音が、わたしとリュークの恋の終わりを運んでくる。

 夜空に一番星が(とも)る。パン屋の看板を仕舞い終わると、ため息がこぼれた。リュークが好きなのに、氷の国で結婚する勇気が持てない。
 もこもこのマフラーを首に巻きつけ、帰り支度をはじめた。手袋をはめようとして手を止める。

「わたし、やっぱり、リュークと離れたくないよ……」

 ペンギン獣人のリュークも、火を扱う鍛冶屋に勤めている。ペンギンが暑さを克服できたなら、リスも寒さを克服できるんじゃないかな?
 気合いを入れて、赤い手袋を鞄にしまった。

 あれ?
 北風が吹いているけど、寒いのも大丈夫かもしれない──!

 花模様のマフラーを巻くのをやめた。ニットの帽子、もこもこのアウター、厚手の靴下もひとつずつやめていく。凍えそうな時も身体を動かしていれば、寒さをやり過ごせることに気づいた。
 リュークの故郷に一緒に行く勇気を持てたわたしは、尻尾を嬉しくて揺らした。

「七色のアイスケーキをください」

 空はどんより曇って、初雪がちらついている。
 一緒にアイスケーキを食べながら、リュークの故郷に一緒に行くよってプロポーズの返事をしよう。喜んでくれるかな? びっくりしちゃうかな? と思いながら冷凍庫にアイスケーキをしまった。

「なんだか、眠たいな……」

 すごく眠たくて、頭がふわふわする。今にもひっつきそうなまぶたをベッドまでなだめて歩く。ベッドに横になり、毛布を鼻まで引き上げて目をとじた。








 


 ぽかぽかする。
 あたたかで、ぬくぬくな春の気配。
 花の匂い、ごはんの匂い、それに、リュークの匂い。


「んっ…………?」

 
 リュークの匂いがして、まだ眠たいまぶたを持ち上げる。

「リューク……?」
「ミー!」

 泣きそうな顔のリュークが目の前にあった。

「リューク、おはよう……?」

 起きあがろうとしても身体に力がうまく入らない。リュークが支えてくれて、起き上がる。

「ミー、雪降るくらい寒いのに、薄着で寝んなよ! 冬眠はじめてたぞ……っ」
「ええっ、わたし、冬眠してたの……?」
「俺が来たら、ミーがすげー寝てて、死んだみたいに寝てて、溺れた時と似てるから、マジやべえって思って……」

 お医者さんを呼びに行ったこと、部屋の温度を春と同じにしたこと、アイスケーキを買ってから三日が経っていたことをリュークから聞いた。そして、リュークがほとんど寝ないでそばに居てくれたことを目の下の黒いクマで知った。

「ミーが目覚めてよかった……」

 くしゃりと笑ったリュークに優しく抱きしめられる。わたしより高い体温とあまい匂いに包まれた。

「ミー、悪い。俺の故郷に行くか悩んでるの知ってて、ミーに甘えてた──俺にとって大切なのはミーだから! ミーが居たらそれだけでいいから! ミーの大事なもんが全部あるこの国で結婚して、俺もミーの大事なもんになりたい。ミー、結婚しよう?」

 腕に力が篭ったのが苦しくて、厚い胸板を叩く。リュークの言葉は嬉しいけど、夢を簡単に諦めてほしくない。

「わたしは、リュークが好き。だから、もう、リュークが隣にいないなんて考えられない! リュークの故郷に行けるって勇気を持ちたくて、薄着で過ごしてたの。ちょっと失敗しちゃったけど、寒くてもいっぱい動いていたら寒くなかったし、氷の国でも寝るときは、あたたかくしたら冬眠しないと思う──だから、氷の国でリュークのお嫁さんになりたい。だめかな?」

 一気に話してリュークを窺うと、頭をガシガシかいて、わたしをまっすぐに見た。


「だめに決まってんだろ!」
「えっ……」

 びっくりして固まっていると、リュークがニンマリ笑った。

「俺の故郷は、氷の国じゃねえし」
「えっ!?」
「氷の国は、エンペラーペンギン獣人とアデリーペンギン獣人しかいねえよ。寒いじゃん」
「え? えっ?! リュークの故郷じゃないの?」
「ああ、俺はイワトビペンギン獣人だからな、故郷は南の国だぞ」
「ええ────っ?!」

 驚きと羞恥が全身を駆けめぐり、熱くなった顔を尻尾にうずめた。

「ったく、可愛すぎるだろ。ミー、寒いと冬眠すんのに、俺のために頑張って氷の国に行こうと思ってたとか、ほんと、かわいい」
「うう、恥ずかしいから言わないで……」
「好きな子が俺のために頑張ってくれて、喜ばない男なんていないからな。ほんと、マジかわいい。なあ、ミー、頼むから顔見せて」

 甘い声色に誘われて、尻尾からちょっぴり顔を覗かせる。リュークの両手が尻尾と顔の間に差し込まれ、ぐいっと上を向かされた。

「ミー、俺の故郷は、一年中あったかい」
「うん」
「ミーの好きな栗も向日葵の種も採れるし、俺の好きな魚も旨い」
「うん」
「あとな、一番大事なこと言ってなかったから、今、言うな」
「う、うん……?」

 わたしのこげ茶色の瞳を、赤い瞳にじっと見つめられる。心臓がどきどき早鐘を打ち、ごくん、と喉が鳴った。

「俺の故郷は、ミーの好きなナッツも、ミーの見たことないナッツもたっくさん採れる」
「っ!! ほんと?」

 ククッとリュークが笑う。

「ああ、ほんと。ミーはナッツに目が無いからな、ここぞって時に言おうと思ってた」
「カシューナッツもアーモンドもある?」
「ピスタチオもピーカンナッツもマカダミアナッツもある」

 わたしを見つめるリュークの瞳がやわらかく細められていく。わたしの好きな表情を見たら、胸があまく震えた。

「きゅう」
「ミー、ナッツ好きすぎんだろ」
「うう、この声は、ナッツにじゃないよ……リュークにだもん」

 吹き出すリュークにほお袋を膨らませる。リス獣人だから、ぷくうと頬は大きく膨らんだ。愛おしそうに頬袋をなでるリュークに胸がきゅんと締め付けられる。

「ミー、ほお袋膨らませるの、可愛いだけだからな」
「きゅう」
「マジかわいいな」
「リューク、声が止まらなくなっちゃうよ……」

 きゅうは、好きの声。
 好きの声がリュークを求めている。きゅう、きゅう、と何度も鳴いてしまう。

「ミー、南の国で俺の嫁になってほしい」
「うん、南の国でリュークのお嫁さんになりたい」

 わたしの返事のあと、リュークは目尻を下げてニカッと笑った。

「リューク、大好き」
「ん、俺もすげー好き」
「きゅうう」
「ミー、もっと声聞きたいけど──先に飯食え」

 好きの声とお腹の音が同時に鳴ったわたしを、リュークが吐息で笑う。わたしの尖らせた唇へ、なだめるようなキスを落としてくれた。

 とろとろのシチューをひと匙掬って、口に運ばれる。わたしはリュークの手に指を絡ませて、ぬくもりを求める。きゅう。太い指でやわらかなパンをちぎって、ひと口食べさせてもらう。空いたリュークの手のひらに丸い耳をすりよせて、撫でてほしいと求める。きゅう。
 
 きゅうは、求愛の声。
 もうだめ、やっぱり好きが止まらない。リュークに触れたくて、触れてほしくて、求愛の声が高くなる。脳の芯までぼうっとして、瞳に涙が集まってくる。


「リューク、もう……お腹いっぱい」
  

 絡ませていた手を引き寄せて、リュークの指先にキスをした。ちゅ、と音を鳴らし、ちゅう、と吸いあげる。指を口にくわえて小さな舌で懸命に舐めた。くすぐるように動くリュークの指の腹を(やわ)く噛んで、爪を甘やかに噛む。
 リュークを見上げると、赤い瞳に熱が灯ってゆらめいていた。

「はあ、ミー、それ煽りすぎだからな」
「きゅう」

 きゅう、は発情の声。
 冬眠が終わると、春になる。
 春は、恋の季節。

 だから、もう、リュークが欲しくて──

 

「今日、泊まっていい?」



 鼻の触れ合う距離。リュークの殊更甘く掠れた声で問われて、体温が上がる。好きの声より先に、リュークの首に腕をまわして甘い未来(これから)をねだった。

 
 


 おしまい
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