転生したガーデナーは、悪役令嬢の夢を見ない
 レテシア殿下は、後ろに控えていた侍女の一人に言いつける。
 言いつけられた彼女は、すぐに部屋を出て行った。足音がしなかったので、諜報に強い侍女なのだろう。

 デリーの枕元には、目薬が置いてあった。

「そういえば、目がチカチカするって……。あ」

 その目薬に手を伸ばす。

「ダフニス。この目薬を処方したのも、あなた?」
「は、はいぃ! それは、その……」

 ぎろりと睨めば、すくみ上がり頷く。

「それで、イリス。何を見つけたんだ?」
「ええ。デリーのこれは、虫の毒よ──眠り虫」

 届けられたピンセットで、デリーの指先にほんの少し残っている針のようなものを引き抜く。
 それを、一緒に持ってこさせた黒い皿に載せた。
 銀色に光るそれは、緻密な針よりも細く、黒地に置いてようやく存在が見つけられるほどのものだ。

 針が刺さっていた部分を押しだし、そこに残る毒素をハンカチに染みこませる。
 デリーの血と毒が混ざって、青緑色のような液体が出てきた。

「おかしいと思ったのよ。デリーが素手で、虫を触るわけがないのに」

 この世界では、虫を素手で触ることはまずない。どんな毒を持っているかが分からないからだ。
 明らかに毒を持っていないと分かっている虫だけは、素手で触ることもある。
 だが、少なくとも、エーグル辺境伯領で長く過ごしていたデリーが、虫を素手で触る危険性を知らないわけはない。

「この目薬、視界を悪くさせるのね」
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