転生したガーデナーは、悪役令嬢の夢を見ない
 地の底から這い出したような私の声に、ダフニス・ヘラインはこくこくと頷く。
 つまり、処方されていた目薬のせいで視界が悪くなっていたデリーは、眠り虫に気付かずに触れてしまった。
 
 眠り虫とは、その名の通り刺した相手を眠らせる毒を持っている虫だ。
 その毒は、解毒しない限り体を、そして体の機能を眠らせ、やがて揺るやかに死に至らせる。

 この国にはいない筈の虫で、その生息地は──言うまでもなくセルート大公国。

「ここのハーブ園には確か、ヨシュニュア草とロテルの花があったわね。それと水を含んだツクヨムの実を持ってきて。あとすり鉢も」

 届けられたそれらを全て擦り、口に含んだ。
 そして、そのままデリーの唇に、私のそれを重ねる。

 ファーストキスが、婚約者の命を救うためだなんて、なかなかあることじゃない。
 そんなことを思いながら、飲み込んで、と必死で口移しをする。

 僅かに喉が動いたと思ったそのとき。

「……んんっ?」

 デリーの舌が私の口に入ってきた。
 慌てて唇を離し、顔を見れば、彼の瞳がゆっくりと開く。

「イリス……? あれ、今の、夢じゃなく……?」

 そんなことを言われたら、恥ずかしくなって、思わず自分の唇を手の甲で隠してしまった。

「デリーっ!」
< 158 / 168 >

この作品をシェア

pagetop