転生したガーデナーは、悪役令嬢の夢を見ない
「イリス」

 デリーが柔らかく私の名前を呼ぶ。

「イリス、泣かないで」

 泣いてなんかいない。
 そう言いたいのに、今私の頬を伝っているのは、涙だ。
 ぼとぼととそれが手の甲に落ちていく。

「ありがとう。イリスに助けて貰った」

 デリーの腕の中に、私の体が包まれていく。
 彼のシャツに、私の涙が染みこんでいく。このままじゃデリーの体が冷えちゃう。
 でも、彼は私を離そうとしなかった。

「イリス。僕とこのまま、逃避行をしよう」

 頭上から降り来るその言葉に、私は彼の顔を見上げる。
 ゆっくりと離れた手は、そのまま私の両頬を優しく包む。

「ふふ。お爺さまのところに、竜車の準備はできているわ」
「二人きり、とはいかないけどね」
「物語の最後は、皆で幸せにならないとだもの」

 振り返れば、レテシア殿下もウェスタ兄さまも、ゆっくりと頷いている。
 レテシア殿下も、すでに心の決意はしていたようだ。

 今夜、私たちは王家を裏切る。
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