転生したガーデナーは、悪役令嬢の夢を見ない
 二曲目になる。周りに、他の貴族も入り始めた。

「あと二曲いけるか?」

 三曲踊るのは、婚約者か夫婦だけ。
 王族との婚約だ。今の段階で拒否はもうできない。
 それに、第一王子であることは嫌だけど、デリーが嫌なわけじゃないのだ。

「うん。デリーこそ、大丈夫なの? 疲れない?」
「僕だって、一緒に野山を走り回ってたんだ」

 あ。
 今の笑顔、柔らかい。
 優しい。

「三曲踊ったら、ゆっくり話をしましょ」
「ああ」

 デリーのピアスが、シャンデリアの光で煌めく。
 それは、私の瞳の色。
 赤い、ルビー。

 たったそれだけのことなのに、なんだか私の心は、軽くなったのだった。

    ***

 月明かりの下。
 パーティ会場のテラスに二人。
 もちろん周りには警備の人間が適切な距離で立っている。

「イリスは、僕が第一王子だってことを忘れてたんだよね」
「実はそうなの……。だから驚いちゃって」

 あの後、家族に聞いてみたら私が知らなかったことに、全員驚いていた。
 わざと隠されていたわけじゃないなら、それは私が悪いな!

 どこの家の方か、って、相手のこと分かってなかったら聞くもんね。普通……。
 私、乙女ゲーム通りにならないように、ってことばっかり気にしちゃってた。反省。
 
「ねぇ。イリスは僕が第一王子だとしたら、婚約はしたくない?」

 テラスの下には、綺麗に整えられた庭が見える。真っ直ぐ先には大きな噴水。
 夜で人がいないというのに、水が大きく跳ねていた。

 あの庭、じっくり見てみたいな。
 うちの庭も、ああいう刈り込みをしてみるのもいいかもしれない。
 そんなことばかりが頭を過ぎる。逃げるような思考に、自分を叱咤する。

「私は……」
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