婚約者様、「君を愛することはない」と貴方が乗り込んできたせいで私と貴方の魂が入れ替わってしまったではないですか!責任を取ってください

1 私たちは魂が入れ替わったようです

「うーん、あともう2滴だけ追加かな……?」

 私の魔力を練り込んだ液体はキラキラと金色に輝いている。それを目の高さに上げて色の濃度を確かめ、最後の微調整に全神経を集中させていたその時。他の事には意識を払っていなかった為に、招かれざる客が侍女の制止を振り切ってやって来たなんて私は全く気づいていなかった。

 突如バーン! と扉を開ける大きな音が後ろから聞こえ、振り返ると闖入者は開け放たれた扉の前でフンスフンスと鼻息荒く立っている。そして意気揚々とこう言った。

「リディア嬢、俺が君を愛することはない!」

 私の大事な研究室――――屋敷の中で万が一にも調合の事故を起こされてはかなわんと、お父様が敷地内に作らせた雨とすきま風対策だけはされている小さな小屋――――に断りもなく乗り込んできた男が誰なのか、私は一瞬わからなかった。自信満々に言われた言葉で「ああ、我が婚約者様のローレンス・アルダー伯爵令息様ね」と気づいたぐらい。

 そして政略結婚というよりも「ワケあり物件」の私たちを持て余し、困った親同士が結んだ「お片付け婚」の婚約に、そもそも愛もクソもないでしょうと思ったのでこう答えるしかなかったのだ。

「……はあ、そうですか。ご用件は?」

 ローレンス様のちょっと得意気ですらあったアホっぽい顔が、その青い瞳が、みるみる内に曇ったのを見て正直ほんの少し……今私が調合してる薬の1滴ぶんくらいは面白いなと思ったのは秘密にしておこう。

「なっ、だから俺達には愛がないと」
「もうそれは聞きましたから、用がないなら出ていって下さい」
「いや、だから」
「ドアを開けたままでは大事な粉末が風で飛んでしまう恐れがあります。すぐに出ていって下さいませ」

 これは本当の事。今この研究室の中には貴重な薬剤がいろいろとある。勿論粉状のものも。ハッキリ言って目の前の婚約者様よりも、この小屋の中の薬全部の方が希少価値も私の関心も高いのだ。
 しかしあまりにも正直に言いすぎてしまったかもしれない。彼の顔は明らかにカッと赤くなった。

「だからっ! 申し訳ないが俺達の婚約は解消しよう!」
「……はい?」

 何を言ってるのこの人は? だいぶ以前から何もかもバカ正直な人だなとは思っていたけれど。思わずこちらもバカみたいに口をポカンと開けてしまった。それを私が彼の話を真面目に聞く気になった態度と勘違いしたのか、彼はまた自信満々な顔に戻ってこう言った。

「俺は遂に真実の愛を見つけたんだ! だから君とは結婚できない!」
「はあ……」

 うーん。嫌な予感しかしない。でも一応聞いておいた方が良さそうね。

「参考までに、その真実の愛とやらのお相手はどなたですか?」
「カリーナ嬢だよ。彼女は素晴らしい女性なんだ!」
「ああ……プライウッド男爵令嬢ですのね」

 予感が当たり、思わず白眼をむいて返事をした。アルダー伯爵夫人が「ローレンスは素直で良い子なんだけど……あの、ちょっと、素直すぎるのよね……」と頭を抱えていたのを思い出す。

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