婚約者様、「君を愛することはない」と貴方が乗り込んできたせいで私と貴方の魂が入れ替わってしまったではないですか!責任を取ってください
2回も婚約話が流れてしまったせいで結婚適齢期が過ぎつつあり、しかも次男で伯爵位は継げない。将来は子爵となり片田舎の小さい領地を貰うだけの予定のローレンス様に良い話はなかなか来ない状態に。そんな彼は園遊会で出会ったご令嬢と今度こそと息巻いていたらしいが、その彼女もすぐに他の伯爵家の嫡男と良い仲になってしまったとか。
もうここまでくると彼は陰で「アルダー家の問題児」と呼ばれるようになった。しかも女性たちの間ではこっそりと「二番手」というもっと不名誉な仇名まで付けられて。これは彼が次男という事もあるけれど「ローレンス様に近づいた女性にはもっと良い相手が現れる」と言うジンクスのようなものがまことしやかに語られるようになったからなの。だから彼と上辺だけ仲良くしようとする令嬢はそこそこ居ると言う最悪な状況。
それでも彼は近づいて来る女たち全てにヘラヘラと優しくしていたらしい。私は以前その女性たちが陰で嗤いながら彼を馬鹿にした話をしているのを聞き、あの人は頭の中がお花畑じゃないの? と呆れたものだ。後に、まさかそのローレンス様本人と婚約する事になるとは思っていなかったけれど。
「だけどさぁ、俺たちは皆お前がすっごく良い奴だって知ってる。だから幸せになってほしいんだよぉ。でもさ、お前って女運だけは無いじゃん?」
そうね。無いわ。よりによって私と婚約するなんて。
「実を言うと、あの男爵令嬢は俺は怪しいと思ってたんだ。オークのご令嬢は……」
フィンリー様はお兄様の方をチラリと見て、聞こえない様に声を潜める。
「(魔女だとか言われてるけど)将来子爵領の片田舎で生活するお前についてきてくれるんだろ?」
「ああ……」
「社交界で派手な付き合いも無いみたいだし、贅沢も望まない良い子じゃないか。俺は嬉しいよぉ」
「良い子、かな……」
私の胸がチクリと痛んだ。ローレンス様は良い人だ。一見して馬鹿でお花畑だと思えてしまうほど真っ直ぐで。でもカリーナ嬢から吹き込まれた私の悪口を鵜呑みにはせず、そして棚が倒れた時には咄嗟に私を抱きしめて庇ってくれた。おまけに魂が入れ替わったことを嘆いてはいても、私を責めたり怒ったりは一度もしていない……。
だけど私は良い子なんかじゃない。彼を条件だけで見て裏切った元婚約者とそう変わらないわ。
「あっ!? その手があったか……」
「えっ……あっ」
ローレンス様の事を考えながら私が無意識で置いたナイトの駒は、相手からすると意外でありながら、よく見ると最善と思われる強力な手だった。
「お前、いつの間にチェスがそんなに強くなったんだ?」
「あの……その」
しまった。つい手加減を忘れてしまった。フィンリー様は酔っていながらも疑いの目を向けてくる。と、お兄様が横から助け舟を出してくれた。
「頭を打ってすぐは身体を動かすと良くないから、ローレンス様は暫くの間、妹とずっとチェスをしていたんですよ。妹は女だてらになかなか強くてね。俺も敵わない」
「へー! リディア嬢はチェスも強いのか! ますます良いじゃないか」
フィンリー様はもっとご機嫌になり、私のグラスに更にお代わりを注いだ。