婚約者様、「君を愛することはない」と貴方が乗り込んできたせいで私と貴方の魂が入れ替わってしまったではないですか!責任を取ってください

7 そこにローレンス様の幸せはあるのかしら

 ◆◇◆◇◆


「お嬢様! 絶対にメイクと髪の毛を触らないでくださいね! 私が命を懸けてセットしたんですから!!」

 セーラの厳しい声が飛び、私は手を引っ込めた。そうは言ってもこんなにお化粧を塗りたくったり髪をあちこち結ったりした事がないから気になるんだもの……。

「あと、その顔! ローレンス様は常に笑顔をキープしていらっしゃいましたよ! お嬢様も見習ってください!」
「うう……」

 我ながら情けない。まさか男性のローレンス様に淑女の笑顔で負けるとは。でも普段あまり笑わない私は頬の筋肉がコチコチに固まっているのか、上手く笑えないのよね。つい悪だくみをしているみたいに……あれ?
 鏡の中の私は、とても自然な微笑みになっていた。
 もしかして、ローレンス様のお陰で頬の筋肉が柔らかくなったのかしら。

「そうそう。それを忘れずに。お嬢様、とても綺麗ですよ」

 仕立屋から届いたドレスは私にぴったりだった。ローレンス様の瞳の色である鮮やかなブルーの色が、裾に向かってグラデーションで徐々に私の瞳の紫色になっている。ところどころ締め色で黒のレースが入っていて甘すぎず大人のデザイン。今までの私だったら恥ずかしいし似合わないと決めつけて絶対に着なかったろう。でも、悔しいけれど似合っているわ。セーラの頑張りである凝ったヘアメイクもあっていつもの私とは別人のようだと自分でも思う。

「リディア!! 凄く綺麗よ!! ああこんな日がくるなんて……」

 お母様は感激の涙を流していた。今まで一人娘が着飾るのを嫌がっていたから内心寂しかったみたい。恥ずかしいけれどくすぐったくて嬉しくなった。たまにはこういうのも良いものね。

「ローレンス様がいらっしゃいました」

 執事に言われて、玄関ホールに向かう。大きい身体を燕尾服に包み、綺麗な姿勢で立っていた彼はこちらを見た途端ビクリと震え、真っ赤になった。

「あ、あの……」
「? ローレンス様、素敵なドレスをありがとうございました」

 仕立屋から「お代はアルダー伯爵家から既に頂いております」と言われた時は驚いたわ。ローレンス様が贈ってくださったって事になるわよね、これ。薬瓶をかなり割って薬草もいくつも無駄になったからお詫びのつもりなのかしら。それにしたってドレス代の方が高いと思うけど。

「あ、ああ……リディア嬢、行こうか」
「はい」

 彼と共にアルダー家の馬車に乗り、王宮に向かう。馬車の中では気まずい空気が流れた。ローレンス様はちらちらとこちらを見ているけれど目が合うとふいっと逸らされる。
 ……そうよね。プライウッド男爵令嬢や彼に近づいていた令嬢たちに比べたら、こんな醜い行き遅れが幾ら着飾ったところで滑稽なだけだわ。きっと直視できない程の私の醜さに、彼もいたたまれなくなっているのだわ……と思うと胸がぎゅっと苦しくなった。

 今回は、まだ私が彼の婚約者だからエスコートされることになったけれど、それも今日で終わり。彼はプライウッド男爵令嬢の事を負い目に思って自分から婚約解消を言い出しにくいに違いない。でもどのみち解消するなら早い方が良いわ。パーティーが終わったら私から婚約解消を申し出よう。

 だって私は彼の事を、彼の人柄が好きで婚約したんじゃ無いんだもの。美人でもなく、治療薬の研究にかまけて行き遅れた私に嫁の貰い手なんてそうそうない。でも私は薬の研究を捨てる気にはなれなかった。だからローレンス様との婚約が持ち上がった時、彼をよく知らないのに条件だけで判断した。

 田舎の子爵で満足するような野心のない男性。しかも単純でお花畑の馬鹿とくれば夢幽病の秘密を使ってのしあがるなんて事は考えないでしょうし、私は着飾ることも社交も嫌い。だから彼と結婚したら田舎に引っ込んでたくさんの薬草を採取したり栽培したりして研究に没頭できるし、ぴったりの条件だと思ったのよ。
 私は私だけが幸せになることしか考えていなかった。そこにローレンス様の幸せはあるのかしら。ないわよね。あんなに真っ直ぐな(ひと)を、私なんかのエゴで縛り付けてはいけないわ。


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