婚約者様、「君を愛することはない」と貴方が乗り込んできたせいで私と貴方の魂が入れ替わってしまったではないですか!責任を取ってください
「リディア嬢!?」
ローレンス様の驚いたような大声で、私はハッと気が付いた。目から涙が落ちそうになっている。ああ、化粧が崩れたらセーラに怒られてしまうわ! 私は慌ててハンカチを取り出し、目頭を押さえた。
「……そんなに俺のエスコートが嫌だったか?」
「えっ?」
何を言ってるのこの人は。そんな変なことを言って馬鹿なんじゃないの? そうだわ馬鹿だったわ。馬鹿正直で人を疑うことを知らなくて、世の中の皆が皆、気の良い奴だと思ってる頭がお花畑な、すごく優しくて真っ直ぐな人。そんな彼のエスコートが嫌なわけないじゃない。
私はまたこぼれそうな涙を必死でこらえながら、首を横に振る。
「で、では、やはり夜会が嫌で……?」
「? ……嫌は、嫌ですけど」
ローレンス様の言っている意味がわからない。私が夜会どころか、嫌味と蔑みと罠が渦巻く汚い女たちの社交界そのものが嫌いだと、彼自身がお茶会に行って理解したんじゃないの?
「俺が必ず守る。守りますから」
「?」
彼がまじめな顔で見つめてくるのを、私は意味がわからず受け止められなかった。
◆◇◆◇◆
「アルダー伯爵家次男、ローレンスと申します。殿下の誕生を祝う素晴らしき日にお目にかかる事ができ、誠に光栄にございます。こちらは私の婚約者でオーク伯爵家の長女、リディアです」
本日の主役であるイレーヌ王女殿下の前でローレンス様が挨拶をすると、光り輝くような美しさを持つ殿下は私に向かって微笑んだ。
「ええ、この度はご婚約おめでとう。また後で」
「……? は。失礼致しします」
ローレンス様は殿下の言葉の意味を十分には理解できなかったけれど、挨拶をする貴族はまだまだ後ろにつかえているし、こちらから意味を問いただすなど恐れ多くてできない。それで素早くその場から退いた。
「おっ、ローレンス! 殿下への挨拶も終わったか」
「フィンリー!」
「あ、そちらが噂の婚約者殿だな」
「初めまして。リディア・オークと申します」
私が名乗るとフィンリー様がにんまりとした。
「いやぁ、怖い魔女だとか聞いていたけど噂はあてにならないなぁ。なかなか美人じゃん!」
「えっ」
「フィンリー! お前……」
「そんな怖い顔すんなよ。あっちで皆がお前の話を聞きたいってさ。リディア嬢、ちょっとだけローレンスを借りてもいいかい?」
「は、はいどうぞ」
「ではせめてリディア嬢も一緒に!」
えっ、無理無理無理。ボッチの私がローレンス様のお友達の輪に入れるわけ無いわ!
「いえ、ここで待っておりますわ」
「いや、でも」
「はいはい。素敵な婚約者殿とべったり一緒に居たいのはわかるけど、俺たちとも付き合えよ」
ローレンス様はフィンリー様に引きずられていく。
「リディア嬢、すぐに戻ってくるから……!」
残された私は一人壁沿いで目立たないようにしていた。どうしよう。ボッチだから話す人もいない。お父様とお母様を探そうかしら。お兄様は婚約者と楽しそうにしているからお邪魔よね……。
「性懲りもなくローレンス様と来たのね」
身に覚えのある声が背後から聞こえ、ゾッとして振り返る。金髪を煌めかせ、豊かな胸元を強調したドレスに身を包んだプライウッド男爵令嬢がそこにいた。それに、いつもローレンス様に近づいていた令嬢たちもその後ろでクスクスと忍び笑いをしている。