婚約破棄された脇役令嬢は、隣国の皇太子の胃袋を掴んで溺愛される
手に持っているパンをズイッと突きつけられると、パンを齧った箇所に小さな虫がついている。正直、後から虫を載せたようにも見えるが、そうであるという証拠もない。
それに、目の前の男性は今にも殴りかかってきそうな勢いで、前のめりになっている。
「オイ、どう責任取ってくれるんだ? 早く謝罪しろよ」
手が出そうなことに気付いたカイ様が、腰に帯同している剣に手をかけ始めた。
(これはマズイ、この場を治めなくちゃ……ここで剣でも魔法でも、喧嘩が始まったら大変なことになるわ)
「……申し訳ございません。回収をして原因を究明します。既に購入された皆さんも! 返金しますので、一度ご返却ください!」
連日買いに来てくれている人達が、ざわざわと話し始める。
「私が食べてるのは大丈夫だけど……」
「そうだよ、このおじさんが嘘ついてるんじゃない?」
「アァ? なんだと!?」
その様子を見ていた小さな子供が怯えている。せっかく食を通じて笑顔が広がってきたのに……今の状況は、私が作りたかったものではない。
「購入頂いた分も返金いたします。皆さん、本当に申し訳ございません! 原因が分かるまで、販売は中止いたします! 今並んでいる方も、今日はお引き取りください……」
そう言って、深々と頭を下げた。その姿を、カイ様が悔しそうに見ていたことに私は気付いていない。
先ほど苦情を言っていた男性は、いつの間にかその場からいなくなっていた。
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