わが心なぐさめかねつ

第一章「大野の月」へのご案内

 奈良時代の昔、九州・福岡県に大宰府という政庁がありました。博多湾からまっすぐに伸びる36メーターもの幅を持った、立派な道路が政庁まで続いていました。西の都とも云うべき奈良に負けないほどの威容があったのです。その大宰府の出城とも云うべき大野の砦(石垣)が長さ180メートルに渡って東西に築かれていた。それほどに当時の朝鮮半島の新羅や、そのうしろの大唐国への恐れが奈良政府にはあったわけですね。
 さて、その大野城近くの里にひとりの老婆が庵を結んでおりました。実はその老婆、昔は花の都奈良で、格式のある有力氏族に仕えていた女房でした。つまり例の優雅な十二単に身を包んで暮らしていた貴婦人だったわけです。それがいまなぜ、粗末な庵にたったひとりで暮らしているのでしょうか…そのいきさつを彼の地、大野の山にかかる月とともにぜひご照覧ください。
(※1)ひとつお願いがあります。もとより講談とは講談師による張り扇を打ち鳴らしての名調子を「聞く」ものです。ですからここではひとつ目で読みながらでも、誰かあなた好みの講談師を頭に描いて、目で「聞いて」みてください。もちろん私もその語りを思い浮かべながら書いたのです。おもしろいキャラクターの講談師を想像しつつです。「目で聞く」とがぜん講談が生きて来ますよ…。 
(※2)ここに書かれたことは架空のことであり、史実ではなく、実在した登場人物のプロフィールも私が脚色したもので実像を写すものではありません。ただし阿仏尼という平安から鎌倉時代における女流歌人の和歌を知って、そこから発想をいただいたことだけは申し上げておきます。

        【26の月…つまり入滅前の月ですね。ここでは大野の月】
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