わが心なぐさめかねつ
どうか母を許しておくれ…
「頼みましたぞ婆様。くれぐれも粗相のないようにな。まずわしが御挨拶申し上げるけん、後はな…」
「はい、段取りのほど宮司様から承っております。こころして、あいつとめさせていただきます」
「うむ、よかよか。それでよか…ところでな、婆様、ひとつだけ教えてくださらんか。いったいなして石上少弐様はあんたをば指名なさったのか…それを知りたいんじゃ。きれいな都言葉を使いよることと云い、婆様、あんた、石上様のいったいなんね?ひょっとして昔の…」
「ほほほ、何でもありませぬ。あらぬことを考えますな。きっと少弐様のおたわむれかなにかでございましょう。あれ、う、うわさをすれば彼処…御一行様の御到着のようでございます」と聞き流す則子でしたが、さすがに語尾の最後のあたりは感動で声がふるえてしまいます。思えば我子を手放して幾星霜、いまだ十代の冠者(かじゃ)に過ぎなかった為介がいまは石上家家令にまでなってくれた。その間御(おん)養父高嗣様はともかく、御養母様や御兄弟の方々からいかなるこころなき言葉、仕打ちを受けたやも知れぬ。そばについて慰めも慈しみもできなかったこのなさけない母をどうか許しておくれ…などと、いまだはるかに見えるに過ぎぬ行列の中に我が子の顔を思い浮かべつつ、万感の思いで胸を熱くするのでありました。もし、たとえ我子為介が自分を母とわからずとも、また見分けたとしてしかし母と呼ばずとも、則子は委細咎めるつもりはありませんでした。ただただ立派になった我子の顔を見させてくれるだけでよいと、いまは恩人高嗣様の心の内をもさぐり当てて、ちょうど頭上に広がる青空のような清しい思いもて一行を待ち受けます。溢れ出ようとする涙をば、きっとばかり唇を咬んでこらえるのでありました。
一方、前後を騎馬武者それぞれ二騎で警護させた高嗣以下文官舎人など十数名ほどが、真中(まなか)に手車をはさみまして、麗々しくもむねむねしくも、いまだ十町(ちょう)ほど先の山すそを曲ってこちらへと近づいてまいります。四名の仕丁に引かせた手車の中から高嗣が「為介をこれへ」とかたわらを歩く舎人の若者に命じます。うしろを騎馬で来る為介にこれを伝えると為介は馬を若者にあずけて、手車の横に来て歩を進めつつ「お呼びでしょうか」と言問う。
「はい、段取りのほど宮司様から承っております。こころして、あいつとめさせていただきます」
「うむ、よかよか。それでよか…ところでな、婆様、ひとつだけ教えてくださらんか。いったいなして石上少弐様はあんたをば指名なさったのか…それを知りたいんじゃ。きれいな都言葉を使いよることと云い、婆様、あんた、石上様のいったいなんね?ひょっとして昔の…」
「ほほほ、何でもありませぬ。あらぬことを考えますな。きっと少弐様のおたわむれかなにかでございましょう。あれ、う、うわさをすれば彼処…御一行様の御到着のようでございます」と聞き流す則子でしたが、さすがに語尾の最後のあたりは感動で声がふるえてしまいます。思えば我子を手放して幾星霜、いまだ十代の冠者(かじゃ)に過ぎなかった為介がいまは石上家家令にまでなってくれた。その間御(おん)養父高嗣様はともかく、御養母様や御兄弟の方々からいかなるこころなき言葉、仕打ちを受けたやも知れぬ。そばについて慰めも慈しみもできなかったこのなさけない母をどうか許しておくれ…などと、いまだはるかに見えるに過ぎぬ行列の中に我が子の顔を思い浮かべつつ、万感の思いで胸を熱くするのでありました。もし、たとえ我子為介が自分を母とわからずとも、また見分けたとしてしかし母と呼ばずとも、則子は委細咎めるつもりはありませんでした。ただただ立派になった我子の顔を見させてくれるだけでよいと、いまは恩人高嗣様の心の内をもさぐり当てて、ちょうど頭上に広がる青空のような清しい思いもて一行を待ち受けます。溢れ出ようとする涙をば、きっとばかり唇を咬んでこらえるのでありました。
一方、前後を騎馬武者それぞれ二騎で警護させた高嗣以下文官舎人など十数名ほどが、真中(まなか)に手車をはさみまして、麗々しくもむねむねしくも、いまだ十町(ちょう)ほど先の山すそを曲ってこちらへと近づいてまいります。四名の仕丁に引かせた手車の中から高嗣が「為介をこれへ」とかたわらを歩く舎人の若者に命じます。うしろを騎馬で来る為介にこれを伝えると為介は馬を若者にあずけて、手車の横に来て歩を進めつつ「お呼びでしょうか」と言問う。