わが心なぐさめかねつ

母君じゃ!そなたの!

「為介、前任の大伴様から置き文をいただき、いままで云わなんだが、彼方(あなた)で待つ里衆の中に、誰やらそなたにとって大事な人がおられるやも知れんぞ」と伝えます。
「は?大事な人?村長…でございますか?」
「あな、鳥滸を申すな。母君じゃ!そなたの!」
「は、母上がおられるのですか!?…あ、あの中に!…」
「いかにも。置き文で大伴様からおおせつかったのは、大宰府に我らが着任して数日たっても、おまえから母に会いたいともし云わなければ、その時はただ黙ってそなたの母君則子殿に目通しだけさせてほしい。その時にもしおまえが母君に気づかず、あるいは気づいてもこれを無視するようなら、その時はもはや何をも申さず、何とか言を尽くして則子殿を説得し、奈良の自分のもとに送ってほしいと、そうおおせつかったのじゃ。為介…」
「は、はは」
「これは決して事前におまえに云ってくれるなと、幾重にも念を押されてのこと。じゃがいまこうしておまえに伝えた。そのわけは、まろはおまえが愛しいからじゃ。さすがの大伴様も石上家におけるおまえの立場まではわからぬ。押勝の乱に連座した山科家をまろの妻も、また子らも、いたく恐れ嫌って、こちらに来ても決して母に会うな、縁を戻すななどと今おまえに迫っていること、またおまえが冠者の時以来、養子として舐めて来たた辛酸などをな」
「お、大臣(おとど)様…」
「父上でよい。ここには妻も子もおらぬ。おまえはまろが則子殿からあずかった大事な子じゃ」
「父上様、まろとても母君のことをみだりに忘れたわけではありません。ただ…」
「ただ、何じゃ」
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