わが心なぐさめかねつ

為介、まろは委細咎めぬぞ

「ただ、母と別れて早三十五年がたちます。文のやりとりだけはずっと続けておりましたが、それも十五年ほど前からはぷつりと途絶えて消息知れず。しかし三年前になって奇しくも大伴様からの文で御無事を知り、また文の途絶えたわけをも知りましたがいまさら甲斐なきこと。たしかに押勝の乱も大いにはばかられ、ましてまろの子良介の入婿とも重なり…はたやはたと、正直苦渋いたしております…さて、つらつら考えまするに母とても人の子、こちら大宰府に来て以来、別の生活もあったことでしょう。ひょっとしてこちらで別の子などなしていまいかなどと、ハハハ、そう思わぬこともありません。大伴様のお心使いは重々わかりますが、さて、母君こそはたして私を見分けられるかどうか…」
「…左様な方とはまろには思えぬ。為介、則子殿からのおまえへの文はとんと読んだことはないが、おそらくその文面からも、まして、決して多くはなかっただろう女官への報酬から、毎月のようにおまえに絹地五反六反と送り続けてくれた、そのことからしても、おまえに母の真心がわからぬはずがあるまい。どうじゃ!?為介」
「そ、それはいかにもおおせの通りで。まろとても母への何の算段もなく当地へまいったわけではありません。それなりの銀子をたずさえ、またこの地での母への封戸の手筈をも図ろうと…」
「あな、かような物、まろがおまえに代って万事都合いたす。そうではなく、いったい何が則子殿にとって一の糧となるのか、おまえでなければし得ぬことは何か、それを聞いておるのじゃ…」
 そうこうするうちに平野神社まで一町ほどの距離へと近づいてまいりました。舎人からの注進もあり、高嗣はこう云って話をうち切ります。
「じゃが…いまはすべてをおまえにまかす。冠者のころに見も知らぬ他家にまいって、義理の兄弟たちの間で苦労をして来たおまえだ。まろは心を尽くしたが、かばい切れなかった面も多々あったろう。いまここでおまえが、母君にどういう姿勢でのぞもうと、まろは委細咎めぬぞ…」
「は、はは」
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