追放された聖女を待ち受けていたのは、エリート魔法師団長様との甘やかな実験の日々でした
確かにこれは普通の男女の距離感ではない。
恋人同士の座り方だ。

触れてはいないが、少し身じろぎすれば触れてしまいそうな距離に緊張が走る。

目のやりどころに困り、わたしは隣ではなく真正面を向いて視線を彷徨わせた。

「ティナ、こちらを向け。私の方を見ろ」

「は、はい……」

明確な指示を出されたため、逆らえずにわたしは少し体を横に向けて隣に座るレイビス様にゆっくりと視線を移す。

その瞬間、精巧な作りをした美貌が視界に飛び込んでくる。

理知的なエメラルドの瞳がじっとわたしを見据えていて、わたしの体は金縛りにあったかのように固まってしまった。

 ……ううっ、めちゃくちゃ見られてる。

レイビス様は無言でただただわたしを見つめてくる。

「視線を逸らすな。私の目を見ろ」

まっすぐに瞳を見つめ返せなくて、体はレイビス様に向けているものの視線を遠くに送っていたら指摘が入ってしまった。

これは実験なのだから、被験体であるわたしは指示に従わなければいけない。

太ももの上に置いた手をギュッと握りしめると、わたしは意を決して、エメラルドの双眼を見つめ返した。

そして瞳と瞳が合い、わたし達は見つめ合う形となる。

 ……宝石みたいな綺麗な瞳。吸い込まれそう。

公爵子息であり、エリート魔法師として名高いレイビス様とこの距離で見つめ合っているなんてとても不思議な気分だ。

現実の出来事とは思えなくて、今わたしは夢でも見ているのではないかという気がしてくる。

それはレイビス様の容姿が現実離れして精巧に整いすぎているからかもしれない。

「治癒魔法は確か手から発されるのだったな。どうだ、何か変化はないか?」

でもこれは夢ではなく実験だという事実は、レイビス様がふいに発した言葉で思い出さされた。

レイビス様はわたしから目を一時も離さずに、形の良い唇だけを動かして問うてくる。

「いえ、特には」

「そうか。……近さが足りないのか?」

わたしの返答に自分の思考に耽るよう一瞬目を伏せたレイビス様だったが、何かを小さく呟くと、何を思ったのか次の瞬間にはさらに距離を詰めてきた。

先程よりも近くにあの端正な顔がわたしの目の前に迫る。

「………ッ」

驚きで思わず声が出てしまいそうになり、わたしは必死に声を押し殺した。

だが、レイビス様はそれを反応と思ってしまったらしい。
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