追放された聖女を待ち受けていたのは、エリート魔法師団長様との甘やかな実験の日々でした
わたしは川沿いにあるテント式の市場へ真っ先に向かい、様々な珍しい品や食べ物を扱う店をひとつひとつ見て回る。食べ物を売る店から漂う美味しそうな匂いが鼻をくすぐり、食欲をそそられた。

「そこのお姉さん。どうだい、一本味見してみないかい?」

「えっ、わたしですか?」

「そうそう。お姉さん美人だから特別に安くしちゃうよ?」

思わずお腹を空かせた顔をしてしまっていたのだろうか。わたしの視線の先に気がついた店主の一人が店先から声を掛けてきた。

串に刺さった肉厚なお肉を手に持ち、わたしの方へ差し出してくる。

「ラム肉をじっくり炭火で焼いて、オリジナル配合のスパイスやハーブで味付けした自慢の一品さ。どうだ、(うま)そうだろ?」

陽気な店主にぐいぐい勧められ、断り切れなかったわたしは試しに一本購入してみた。

こんなふうに食べ歩きをするのはいつ以来だろうか。たぶん十年ぶりだ。両親が生きていた頃は裕福でないながらも、街へ出掛けて買い物を楽しんだりもしたものだ。

 ……懐かしいなぁ。教会に保護されてからはそんな時間も余裕もなかったものね。

それだけでなく、人々が抱く神秘的で尊い聖女のイメージを壊さないためにも、俗的な行いは禁止されていたのもある。

ちょっとした感慨に浸りながら、わたしは受け取った串焼きに思いのままかぶりついた。

肉汁がじゅわっと口の中に広がる。
そこにピリッと辛みのあるスパイスと爽やかなハーブが加わり、絶妙なハーモニーを生み出していた。

「美味しい……! ほのかに感じる柑橘系のなにかがサッパリしていて、とても口当たりがいいですね」

「おっ! お姉さん、分かってるねぇ! その味を引き出すためにスパイスとハーブのブレンドにはかなりこだわってんだ」

ニカッと笑う店主はとても誇らしそうだ。自慢の一品だと言うのも頷ける美味しさだった。

思いがけず最高に美味しい食べ物と出会い、わたしの心は晴れ晴れしている。不安や心配はすっかり吹き飛んでしまった。


この店の串焼きに魅了されてしまったわたしは、店主に再訪を約束しその場を後にした。

うきうきした気分でその後も市場内のお店を巡り、人目を気にせず食べ歩きを楽しんだ。

 ……あれ、もう日も落ちてきてる! ずいぶん時間が経っていたみたい。夢中で全然気がつかなかった……!
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