追放された聖女を待ち受けていたのは、エリート魔法師団長様との甘やかな実験の日々でした
ふと空を見上げると、太陽の位置が西へ移動しており、辺りはオレンジ色に染まりつつあった。

市場巡りを満喫しすぎて、意識が向いていなかったみたいだ。暗くなる前には帰った方がいい。治安はいいが、さすがに夜道に女一人だと危険があるかもしれない。

そう判断するや否や、わたしは来た道を引き返し始めた。

市場から離れて商店が並ぶエリアに入ると、この辺りは酒場も多いようで、今から飲みに繰り出す人々の姿も見受けられた。昼間とは違う賑やかな雰囲気が感じられる。

活気ある街の姿に、交易都市として栄えるフィアストン領の領主様はきっと善政を敷いているのだろうなぁと思った。

 ……その領主様がフィアストン公爵様、つまりレイビス様のお父様よね。そしてレイビス様は公爵家の嫡男。ゆくゆくは跡を継いでこの地を治めていく人なんだわ。

改めてレイビス様の立場を認識する。
わたしとは生きる世界が違うすごい人なのだと実感した。

そんなお方と、実験とはいえ、わたしは恋人のような振る舞いをしているわけである。

 ……ああ、どうしよう。初回であんな状態だったのに、次の実験では心臓大丈夫かな……⁉︎

またしてもわたしをじっと見つめるエメラルドの瞳が脳裏をよぎる。

条件反射のように胸がドキドキしてきて、せっかく鎮めた心が慌ただしく騒ぎ出した。

そんな時だ。

「アーサー! しっかりして! もうすぐ浴場に着くわ! 気をしっかり持って!」

突然、泣き叫ぶような悲痛な声が耳に飛び込んできた。

聞こえてきた方に視線を向ければ、つぎはぎだらけの服を着た女性が、同じような身なりの男性を支えるようにしてどこかへ向かっている。

男性は自力で歩けないのか、ぐったりとしており、よく見れば腹部が血で真っ赤に染まっていた。

 ……大変! あの男性、怪我しているわ!
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