追放された聖女を待ち受けていたのは、エリート魔法師団長様との甘やかな実験の日々でした
だが、この異変はこの日だけでは終わらなかった。

翌日も、翌週も、翌々週も。
ティナの治癒魔法は発現しなかったのだ。

まるでもともと魔法など使えなかったかのように、ティナの手からは何の光も放出されない。

次第に教会内ではヒソヒソとこの事実が囁かれ始める。

「聖女ティナのチカラが失われたそうだ」

「もともと平民に治癒魔法が使えたこと自体がおかしかったのだ。それゆえだろう」

「治癒魔法を使えないとなれば聖女でもなんでもない。ただの小娘ではないか」

「治癒魔法があるからこそ、平民のくせに我々より高い地位にあったのだからな」

聖職者といえど、人が集まればそこには権謀術数(けんぼうじゅっすう)(ろう)して、足の引っ張り合いが生まれる。

周囲の期待に応えてこれまでひたむきに自身の持つ魔法で人々を救ってきたティナだったが、権力を欲する者達から手のひらを返したように冷ややかな目を向けられ始めた。

そしてその状況にトドメを刺す者がいた。

もう一人の聖女、ミラベルだ。

「教皇様、聖女は一人で十分だわ。ティナを教会から追放いたしましょう? 治癒魔法が使えないのに聖女と名乗るのはおこがましいもの。正真正銘本物の聖女であるあたくしには分かるわ。もう二度とティナにはチカラが戻らないはずよ。もともと平民にあのチカラがあるのがおかしいのよ」

教会のトップである教皇を味方につけ、ティナを蔑みながら堂々とこう言い放った。

他ならぬ治癒魔法を使える聖女であり、侯爵令嬢という高貴な身分を持つミラベルの言葉は重い。

多くの教会関係者がこの意見に大きく賛同し、「そうだそうだ」と声を上げる。

彼らにとってティナは治癒魔法を持つというだけで、低い身分ながらに聖女という尊い地位につく目障りな存在だったのだ。

周囲の声を受け決断した教皇は、無慈悲にティナへ追放を言い渡した。

そもそも聖女は存在しない時代が普通である事実をよく知る老齢の教皇は、聖女は一人いるだけで十分安泰だと思っている。

この十年で教会の権威は盤石になりつつあったため、ミラベルがいれば、ティナはもはや不要だったのだ。

高位貴族に顔が効くミラベルの方が断然使い勝手が良く、利用価値が高いとさえ腹の内で思っている始末だ。

こうして十年という月日、持てるチカラを余すことなく人々のために使い続け、真面目に奉仕をしてきた『聖女ティナ』は、無情にも教会を追い出された。

そして治癒魔法の使えない『ただのティナ』となったのだった――。
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