追放された聖女を待ち受けていたのは、エリート魔法師団長様との甘やかな実験の日々でした
そう認識するやいなや、わたしは無意識に彼らの方へ駆け出していた。

男性を支えるのを手伝いながら、女性に話しかける。

「大丈夫ですか? 一刻も早い怪我の処置が必要に見受けられますけど、どちらに向かわれているのですか?」

「えっ? あの、えっと、すぐそこにある浴場です。そこなら怪我を診てもらえるから」

急に現れて声を掛けてきたわたしに一瞬驚いた女性だったが、大きく取り乱すことなく気丈な振る舞いで質問に答えてくれる。

 ……浴場?

確か先程も女性はそう口走っていた。

だけど、わたしはその言葉に引っ掛かりを覚える。なぜ教会ではないのか、と。

通常、病気や怪我をした際は、貴族であれば病院へ。そして平民であれば教会へ赴くのが一般的なのだ。

だが、一刻を争う緊急事態の今、その疑問をわざわざぶつけるのは悪手だろう。

そう判断したわたしは口をつぐみ、女性の案内に従って、苦痛に顔を歪める男性を浴場へと運び込んだ。

「これは酷いのう。すぐに手当てに取り掛かるとしよう」

辿り着いた浴場では、風呂を楽しむ空間とは別に、処置室のような場所があった。

そこでわたし達を出迎えたのは、神官を思わせる黒の衣を着た白髪の好々爺だった。

彼はすぐに状況を察知すると、怪我をしている男性を簡易的な作りの寝台へ乗せるようわたし達へ指示を出し、処置の準備を始める。

「うぐっ……」

「アーサー! アーサー! しっかりして! ラモン先生、お願い彼を助けて……ッ!」

苦痛に呻く男性の手を握り、女性は涙を浮かべて必死に彼を励ましていた。

 ……こんな時にこそ治癒魔法が使えれば……!

そう願うも、全く発動する兆しは感じない。 
悔しくて思わずギュッと手を強く握りしめる。

でもこのままただ見ているだけなんて、どうしても我慢できない。

 ……たとえ治癒魔法が使えなくても、今できることをしよう!

「止血を手伝います。こちらのガーゼを使ってもいいですか?」

「ん? ああ、構わんよ」

傷口を洗い流し、異物を取り除いている、ラモン先生と呼ばれていたお爺さんにわたしは問いかけた。

わずかに怪訝そうな顔をしたラモン先生だったが、特に文句を言う様子はない。わたしは許可を得たものと受け取り、手当てに加わった。
< 30 / 141 >

この作品をシェア

pagetop