追放された聖女を待ち受けていたのは、エリート魔法師団長様との甘やかな実験の日々でした
ガーゼで傷口を押さえて止血する。だが、出血が酷く、なかなか止まらない。そこで、心臓に近い動脈を強く圧迫したところ、ようやく血が止まってきた。

「ふむ、血が止まったのう。では縫合しよう。痛むだろうから患者をしっかり押さえておいておくれ」

ラモン先生の予告通り、縫合が始まると男性は呻き声を上げながら手足をバタつかせる。

それを女性と共に必死に押さえ込んだ。そして数分後にようやく処置が完了した。

男性は一命を取り留め、今は気を失ったように眠っている。連れの女性もまた、何度も何度もラモン先生に御礼を伝えたのちに、緊張状態から一気に気が緩まって疲労が押し寄せたのか、彼に寄り添うように眠ってしまった。

「危ないところじゃったが、無事に助かって良かったのう。お前さんの手伝いのおかけじゃ」

「いえ、とんでもないです。わたしはただ少しお手伝いしただけに過ぎません」

その場に残されたのがわたしとラモン先生だけになると、先生は朗らかな笑顔を浮かべて話しかけてきた。

勝手に手伝いを申し出るというでしゃばった行動をしてしまったのに、先生に気分を害した様子がないのは幸いだった。

「それにしても驚きました。大衆浴場の中にこのような処置室があるだなんて」

会話が続く中、わたしはこの際だからと先程口に出せなかった疑問を途中で切り出してみた。

その問いが意外だったようで、ラモン先生は目をパチクリさせる。

「ほう。知らなかったのかね?」

「お恥ずかしながら初めて知りました。その、怪我や病気の時には、皆さん教会に行くものだと思っていたので」

「ふむ、なるほど。きっとお嬢さんは平民の中でも裕福な生まれなんじゃろうな」

「? どういうことでしょうか?」

要領を得ない返答にわたしは首を傾げる。

すると、ラモン先生はわたしの知らない驚きの事情を語ってくれた。

曰く、教会で治療が受けられる人は、平民の中でもごく一部なのだという。教会へ寄付という名の治療費を納められるくらいの資金がある人が対象だそうだ。

それが難しい人たちーー貧困層の平民はどうなるか。治療を受けることは叶わず、怪我や病を悪化させて亡くなってしまうのが現状だった。

そうした教会からの救いが差し伸べられない人たちの救済場所として作られたのが、この大衆浴場にひっそりある処置室なのだという。
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