追放された聖女を待ち受けていたのは、エリート魔法師団長様との甘やかな実験の日々でした
魔法師団が纏う黒いローブは特注品のはずだ。当然かなり高価なものである。わたしの涙で濡らしたくはない。

「気にしなくてもいい。洗浄魔法でいつでも洗えるからな」

なんてことないと言うレイビス様らしい答えが返ってきて、わたしは思わず小さく笑ってしまった。

確かに天才魔法師様にかかれば、わたしの涙くらいどうとでもなるのだろう。

「……なぜ笑ってるんだ?」

「ふふっ。申し訳ありません。レイビス様らしいお答えだなと思って。……では、お言葉に甘えさせて頂きます」

わたしは力を抜き、レイビス様の胸に体を預けた。

逞しい体に包まれて、形容しがたい心の安らぎを感じる。同時にどうしようもなく胸が甘くときめいた。

実のところ涙はすでに止まっていた。

もうこうして顔を隠すために抱きしめてもらう理由はない。だけど、この温かさから離れがたくてしょうがなかった。

私たちの周囲に咲き乱れるルピナスからは甘い香りが漂う。

ただ、わたしの胸に広がる気持ちの方がもっと甘い。

 ……この気持ちはなんだろう?

頑張りを認めてもらえたことが嬉しかった、それは間違い。

でも、それだけではない気がしていた。

きっとわたしはレイビス様に惹かれ始めているのだ。

 ……心の触れ合いを目的とした実験は、なんて危険かつ残酷なんだろう……。

今までのドキドキとは違う次元の胸の高鳴りにわたしは危機感を覚えた。

これはいけない。
本気でレイビス様に惹かれてしまったら大変なことになる。

あくまでもこれは実験。
レイビス様の言動のすべては研究成果を上げるためだ。それをゆめゆめ忘れてはいけないとわたしは自分に言い聞かせる。

 ……本来なら関わる機会もなかった雲の上の人だもの。

つい心奪われてしまう温かさに包まれる中、わたしは高ぶる感情をなんとか抑え込もうとするのだった。
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