追放された聖女を待ち受けていたのは、エリート魔法師団長様との甘やかな実験の日々でした
ミラベル様はそもそも聖女としての治癒活動を嫌がっていた。

「なぜ高貴な身分のあたくしがそんなことをしなければいけないの?」と常々口にしていたのだ。

気位が高く選民意識が強いミラベル様は当然のこととしてわたしに色々と押し付けた。

その分といってはなんだが、貴族に対する治癒は我先にと喜んで引き受けてくれた。

結婚相手探しも兼ねていたようで、貴族男性の治癒には積極的だったのだ。

理由はどうあれ、ミラベル様のおかげで緊張を強いられる貴族対応がほぼなくなったのは助かったが、それ以上に押し付けられるものが多く、ここ一年は以前よりもさらに忙しかった。

というのも、教会側は聖女が二人になったからと、教会の影響力を高めるために治癒へ赴く地域や対象を拡大したのだ。

だが、ミラベル様は前述の通りであったため、皺寄せはすべてわたしに押し寄せたというわけである。

 ……平民への治癒もこれからはミラベル様が対応してくれるのかな? 貴族向けにだけという事態にならなければいいのだけど……。

わたしがこの十年こうしてひたむきに治癒活動に取り組んでこられたのは、ひとえに治癒を施した人々からの「ありがとう」という言葉と笑顔だ。

特に平民の人々は裕福な貴族と違って、病院での治療はめったに受けられない。

だからこそ、教会が提供する奇跡のチカラを使った治癒の施しを心待ちにしてくれている。

わたしにチカラがなくなってしまった以上、ここを去るのは仕方ないことだと理解しているが、治癒魔法を待ち望んでいる人々を思うとそれだけが気掛かりだった。

ミラベル様がこれからはわたしの分まで頑張ってくれるのを信じるばかりだ。


――トントントン


そんなことを一人考えていると、再び扉のノック音が響いた。

今度はわたしの返事を待ってから静かに扉が開く。

「ティナ様、今よろしいですか?」

訪ねて来たのは、治癒魔法が突然使えなくなった日に居合わせた司教のニコライ様だった。

生きていればわたしの父と同じくらいの年齢であろう壮年の男性で、教会の中でもわたしによくしてくださった方だ。

「ニコライ司教! はい、もちろんです」

荷造りの手を止めたわたしはニコライ司教に席を勧め、わたし達はテーブル越しに向かい合う。

ニコライ司教は片付けられつつある部屋を見渡し、表情を曇らせた。
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