追放された聖女を待ち受けていたのは、エリート魔法師団長様との甘やかな実験の日々でした
「なんじゃ、また悩みごとか?」

その時、ちょうど用事で外に出ていたラモン先生が戻ってきて、わたしに声を掛ける。

慌てて表情を取り繕い、わたしは微笑みを作りながら首を振った。

つい先日も心配させてしまったばかりだ。沈鬱な顔をしてこの場の雰囲気を暗くしたくない。

「いいえ、大丈夫です! それよりお目当ての傷薬は見つかりましたか?」

「ほれ、この通りじゃ。なかなか売っておらんで、何軒か薬屋を回ったがのう」

「よかったです。最近は魔物による怪我で来られる患者さんが多いですからね」

「なんじゃろな。この時期なら例年は季節風邪の患者の方が多いんじゃが。魔物が活発化しとるんかのう?」

ラモン先生は購入してきた薬をさっそく棚に片付け始める。

わたしもそれを手伝っていると、なにやら大衆浴場の入口の方から騒めきが聞こえてきた。誰かが大きな声を上げているようだ。

「騒がしいのう?」

「患者さんかもしれませんね」

そんなやりとりをラモン先生と交わしているうちに、その喧噪(けんそう)はますます大きくなり、こちらへ近づいてくる。

それが女性の、しかも聞き馴染みのある声だと気づいたのと、処置室の扉が勢いよく開け放たれたのはほぼ同時だった。

「あらあら、あなただったの。こんな薄汚いところにいるなんて、元聖女も落ちぶれたものだわ」

艶のある金色の巻き髪と穢れのない白の衣装が目を引く女性がそこには立っていた。

この場から明らかに存在が浮いているその女性は、わたしを見るなり、意地の悪い微笑みを口元に浮かべた。

「……ミラベル様」

そう、彼女はわたしの元同僚であり、現在この国で唯一の聖女であるミラベル様だった。

 ……なぜミラベル様がフィアストン領に?

基本的に王都を中心に活動しているはずなのにと警戒心が高まる。

ふと彼女の背後に視線を向けると、二人の人物がお供についていた。

一人はいつもミラベル様が連れている侍女、そしてもう一人はニコライ司教だった。

侍女は無表情でミラベル様を見守っており、対してニコライ司教は諌めようとしている。対照的な態度だ。
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