追放された聖女を待ち受けていたのは、エリート魔法師団長様との甘やかな実験の日々でした
「……もうこの辺りはほとんど片付けが終わっているのですね」

「はい。もともと荷物が少なかったですから。あとは寝室を整理するだけです。教皇様のお言葉通り一刻も早く出て行けるようにと思っています」

「そうですか。……正直私はティナ様の追放には今も反対です。治癒魔法はその存在自体が希少で、誰も正確なことが分からないのですから、今のティナ様の状態は一時的かもしれません。あまりにも判断が早すぎる……。私にもっと発言権があればと悔しく思います」

「ニコライ司教……」

ニコライ司教は無念そうに唇を噛み締めた。

それがあまりにも鬼気迫る表情でわたしは少し驚く。

そんなこちらの心境を察したのか、ニコライ司教はふっと表情を緩めると、慈愛に満ちた顔をわたしに向けた。

「感情的になってすみません。少し昔の出来事と重ねてしまっていました」

「昔の出来事、ですか?」

「ええ。実は私は元貴族なのです。その当時友人が無実の罪を負わされて貴族社会から追放されるという出来事がありましてね。……ついその事を思い出してしまったのです」

ニコライ司教が元貴族というのは初耳だった。

教会には様々な身の上の人がいるが、貴族家の家督を継げなかった準貴族という立場の人間は存外多い。

ただそういった人は気位が高く、表面上は聖女であるわたしを敬いながらもどこか見下している節がある。

でもニコライ司教にはそれが当てはまらず、だからこそ元貴族だという事実に驚きと意外性を感じたのだ。

「その出来事をきっかけに貴族社会に嫌気が差した私も、嫡男でありながら教会に入りました。自ら貴族の地位を捨てたのです。だから立場が変わることによる苦労と大変さは理解しているつもりです。……ティナ様、行く宛はあるのですか?」

その言葉で、ニコライ司教が聖女から平民へと立場が大きく変わることになるわたしを心底心配してくれている気持ちが伝わってきた。

わたしは正直に力なく首を振る。

まさに今、ちょうど頭を悩ませていたところだ。
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