追放された聖女を待ち受けていたのは、エリート魔法師団長様との甘やかな実験の日々でした
「ティナ様は八歳の頃からずっと教会に囲われて過ごしていますからね。それも当然のことでしょう。行く宛が決まっていないならば、フィアストン領はいかがですか?」

「フィアストン領といえば、王国最北の地でサラバン帝国などと面している国境の土地ですか?」

「ええ、そうです。あそこにある教会は今度私の管轄区域になることになりました。王都と真反対の場所にあって遠いため頻度は少なくなりますが、私も年に一度は訪問することになるでしょう。王都の教会本部からの目は届かないでしょうし、その際であれば、少しは何かティナ様を援助できるかもしれません」

教会の人間であるニコライ司教が、教会から追放された元聖女を表立って援助することは困難だろう。

そもそも援助する義理もない中、ニコライ司教はなんとかわたしに手を差し伸べようとしてくれているのだ。

「ありがとうございます。でもどうしてそこまでわたしのことを……?」

「私はこれまでティナ様が果たされてきた聖女としての懸命な活動を素晴らしいと感じています。なんの打算もなく心から人々の笑顔のためにチカラを行使されておられたのを知っています。たとえ治癒魔法が使えなくなってもその功績は変わりません。だからこそ何かお役に立ちたいと思うのです」

「ニコライ司教……」

 ……嬉しい。両親が生きていたらこんな感じだったのかな。

ニコライ司教の慈愛に満ちた優しい表情に思わずそんな感慨に耽った。

自分のことを気に掛けてくれる存在というのは本当に心強い。

いきなりの追放で明日からの生活に不安はあるが、なんとか頑張ろうと勇気づけられた。

 ……うん。わたしは大丈夫。治癒魔法がなくなった今、わたしにできることは限られているだろうけど、今まで通り目の前のことを一つ一つ一生懸命やっていこう……!



こうしてニコライ司教の勧めを受けて行き先をフィアストン領に定め、わずかな荷物を片手にわたしは教会を去った。

その胸中には様々な想いが入り混じる。

十年という決して短くない時を過ごした場所への惜別の情。
教会の行く末に対する懸念。
ミラベル様への不安。
ニコライ司教への感謝。
今後の生活への憂虞。

そして自分を奮励する気持ちが胸の内に渦巻いていた――。
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