恋は揺らめぎの間に
時計は4時を指していた。今から寝ると、朝起きられなくなりそうで、リビングに行く。
「すー…。」
静かな寝息が聞こえた。慎司君だ。
実はこの家はリビングとキッチン、そして寝室が1つしかない。もともと慎司君が契約していた部屋で、私は慎司君に引っ越しを切望されて(契約更新前の違約金まで払ってくれた)ここへ越してきた。だから寝室は私が使うべきだと譲らず、慎司君はリビングで寝ているのだ。
「もう…。 寒がりなのに。」
着の身着のまま炬燵に潜り込んで、パソコンを前にうつ伏せて眠ってしまっている。普段はとてもしっかりしているのに、こういう子どもっぽい、少し抜けたところがあるのが彼の魅力でもあるのだけれど。昨日は上司と食事で遅くなると連絡があったので、疲れてしまったのかもしれない。
部屋の隅にきちんと畳んであった布団と毛布を持ってきてかけてあげる。すると、眉間に寄っていた皺が少し伸びた。やっぱり寒かったのかもしれない。
ぬくぬく、いいなぁ…。
羨ましさと、ちょっとした悪戯心が働いて、慎司君の隣、一緒になって同じ布団に潜り込む。
慎司君の着替え等は寝室に置いてある。だから彼は、夜勤から帰った時は私の寝顔をよく目撃しているのだ。なぜわかるかって?それは、寝相が悪くて布団を蹴っていても、ベッドから落ちそうになっていても、慎司君がきちんと戻してくれているからだ。最初こそ恥ずかしかったが、もう慣れてしまった。
今日は私が、慎司君の寝顔を見る番だ。
と、潜り込んで早速後悔した。思った以上に顔が近くなってしまったのだ。
「!」
そんなつもりではなかった。慌てて離れようとしたが、ぐいっと腰を抱き寄せられて、足の間に身体を挟まれた。
「ちょっ、起きてるでしょ!?」
「…寝てる。」
笑っているのだろう。慎司君の身体が揺れている。ふっと慎司君の息が首筋にかかり、ビクッと身体が震えてしまった。
「「………」」
今、しちゃいけない反応をしてしまった気がする…。
話題を探していると、私の首筋に慎司君が顔を埋めてきた。まるで犬のようにすり…と擦り寄ってきて、慎司君の短い髪がちくちくこそばゆい。
「…お、おかえり。」
「ん。」
「あの、まだ寒いの?」
「ん。」
「このままがいい?」
「うん。」
ギュッと腰に回る手に力が入ったのがわかった。だから、そのままじっとしていることにした。
そのほうが温かかったし、それを慎司君が望んでいるなら、と。
「…明日さ。」
「うん?」
「夜勤になった。」
「うん。」
慎司君が今度はわざと首筋に息を吹きかけてきた。
「ひゃっ! 何!? 今のわざとだよね!?」
「クリスマスだよ?」
「うん、そうだね。 クリスマスです。」
「初めての。」
「うん。…え、ちょ、痛っ、くすぐったいってば!」
何が言いたいんだ。
慎司君は自分からあまり話す方ではない。その慎司君が何か言いたげにしている。それを待っていたら、観念したのかぼそぼそと話し始めた。
「…一緒に過ごしたかった。」
「でも、仕事でしょう?」
振り返ろうとして、向こうも顔を覗き込もうとしていたのだろう。鼻先が、触れる。
「ぜ、前日は休みでしょう? ケーキ、ちゃんと用意しておくから、一緒に過ごそう?」
「うん。」
「チ、チキンも! コンビニのでいいなら…。 あっ、グラタンくらいは作るよ! 慎司君、また食べたいって言ってたでしょう? プレゼントも、用意してる…から……。」
「うん。」
「あ、の…。 だから、その……。、」
待って。 待て待て、待って。
非常にまずい雰囲気ではなかろうか。
今までも似たような体勢だとか、やりとりはあったはずだが、こんな空気を醸し出したことはない。
あと少し。あと数センチ…もないかもしれない。ズレたら、あたってしまう。
唇が。